第4話 「王都からの使者と、薬草園の奇跡」
「アメリア様、王都からの馬車が三台も到着しました!」
朝から薬草を干していた私は、マリアの声に振り向いた。
まさか、こんなに早く――噂が広まるとは思っていなかった。
「王都の……? 一体、どんな方が?」
「医務院の官吏、それと……商人らしき方々も。
“辺境で奇跡の薬草園がある”と聞いて、視察に来たそうです!」
私は苦笑した。
誰かが言いふらしたに違いない。
――そう、きっと殿下だ。
レオンハルトは数日前に王都へ戻った。
帰り際、「また来る」とだけ言い残して。
その言葉が、こんな形で現実になるとは。
庭に出ると、立派な服を着た三人が待っていた。
一人は医務院の中年官吏、もう一人は大商会の商人、そして最後の人物は……長い外套をまとった、灰色の髪の青年。
目元を隠すようにフードを被っている。
「アメリア・フォン・ハーヴェスト殿。辺境の医療改革に貢献しているとの噂、まことですかな?」
官吏の男がやや高圧的に言う。
私は深呼吸して、穏やかに微笑んだ。
「皆さま、ようこそお越しくださいました。
この薬草園はまだ小さなものですが、領民たちの健康に役立てるよう、日々研究を続けております」
「研究……? だが辺境でそんなことができるのか? 貴族令嬢の慰み事ではないのか?」
「慰み事で、人の熱が下がるなら、それも素敵なことですわね」
官吏の目がわずかに見開かれる。
私は続けた。
「病気で苦しむ人を救うのに、身分も場所も関係ありません。
私はただ――この地を笑顔にしたいだけなんです」
その瞬間、フードの青年が静かに前へ出た。
「……本当に、そう思っているのか?」
声は落ち着いているが、妙に鋭い響きを持っていた。
私は彼の瞳を見ようとしたが、影に隠れてよく見えない。
「ええ。
それが“アメリア・フォン・ハーヴェスト”としての生き方です」
「……そうか」
青年はフードを少し上げた。
現れたのは、銀に近い灰髪と琥珀色の瞳。
どこか人ならぬ雰囲気をまとっている。
「申し遅れた。私はセイリウス。王都の魔導学府で、医療魔術を研究している者だ。
薬草と魔法の融合――その研究を進めている」
「魔法……と薬草の融合?」
私の心が躍った。
前世では不可能だった夢が、この世界では実現できるかもしれない。
セイリウスは淡く笑う。
「王都では、“辺境に奇跡の薬草園がある”と噂になっている。
それを確かめに来た。……だが、見たところ、奇跡ではないな」
「え?」
「これは――努力の積み重ねの結果だ。
本物の“知識”と“愛情”が育てたもの。
奇跡とは呼べない。だが、最も尊い形だ」
不思議と胸が熱くなった。
彼の言葉は、まるで心を見透かすように真っ直ぐだった。
「セイリウス殿、協力してもらえるのですか?」
「もちろんだ。だが条件がある」
「条件?」
「君と共に、この薬草園を“医療研究所”として拡大させること。
薬草だけでなく、魔法の癒しも取り入れる。
……王都の医療を、辺境から変えてみたい」
私は息をのんだ。
夢が、ひとつ現実へと近づこうとしている。
「……面白そうですね。ぜひ、やりましょう!」
「ふっ、いい返事だ。やはり君は噂以上だな、アメリア嬢」
そのやり取りを見ていた官吏と商人も、次第に態度を和らげていった。
そして、彼らが帰った後、私は静かに夕暮れの薬草園を見渡した。
風に揺れるカモミールとミント。
その向こうに、茜色の空。
「殿下……見ていますか?
この辺境は、きっともう“追放の地”なんかじゃありません。
癒しと希望が咲く場所になれるんです」
指先でハーブの葉を撫でる。
その香りが、まるで未来の風のように優しく包み込んだ。
そして私は、微笑んでつぶやいた。
「次は――この手で、本当に“奇跡”を作ってみせます」




