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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第35話 「新たな危機と成熟――若き仲間の試練」

夏の終わりが近づき、薬草園には穏やかな忙しさが広がっていた。研修生たちはすでに畝と乾燥室の流れを理解し、日々の手順を自分のものにしている。外部からの依頼で出荷量は増え、学術院との情報共有も定着しつつあった。だが、成長の時期には必ず試練が訪れる。小さな苗が風にさらされて強く根を張るように、人もまた試練で成熟する。


ある朝、カヤが診療テントに駆け込んできた。顔は蒼く、目は真剣だ。マリーが即座に対応し、アメリアとルシアンが集まる。


「診療所に、子どもが搬送されました。癒光液の使用後、顔色が変わったと言います。症状は発熱と軽い痙攣。投与は辺境で出荷されたロットです」

マリーの声に一瞬、空気が凍る。辺境からのロットはこれまで問題がなかった。それが、なぜ今――。


アメリアはすぐに患者ファイルを確認し、投与記録とロット番号を指で追う。トレーサビリティ台帳は整備されている。該当ロットは、数日前に拠点ラボへ試験的に分けたものの一部と一致した。だがその流通経路は正規のものだ。疑念は、原因不明の不具合へと向かう。


「まず、患者の回復を優先します。マリー、私とルシアンで成分分析を。セイリウスには王都の監査窓口に状況報告をしてもらう。トゥール、君は出荷と保管の記録をもう一度洗い直して」

アメリアは指示を出す。動きは早く、無駄がない。だが胸の奥には、静かな不安が残った。


トゥールは震える手で台帳を繰り、発送時の温湿度記録、保管場所のログ、荷役担当の名簿を突き合わせる。すべては整っているように見える。ただ一つ、拠点ラボに届いた箱の中に小さな紙片が紛れ込んでいたという報告が、彼のメモから浮かび上がる。紙片には古い方言で短い注意書きが記されており、そこに記された「低温保管」との意味が、辺境仕様の保管指示と微妙に食い違っている。


ルシアンが試薬と機器を並べ、淡く光る液を慎重にスペクトル解析にかける。画面に波形が次々と映し出される。通常波形とは異なる小さなノイズ——添加物や副産物が含まれていることを示していた。だが、それは「混入」ならぬ「変性」の兆候にも見えた。つまり、原料自体が何らかの要因で化学的に変わった可能性。


「海性ポリマーの残滓のようなパターンも無い。けれど、熱処理の過程で生成される副生成物の痕跡があります。拠点ラボの乾燥処理か、梱包時の温度が異常だったのでは」ルシアンは低く言う。


トゥールは顔を曇らせる。「拠点は最近、予備の乾燥室が故障していて、臨時に古い方法で仕上げたと報告がありました。学生リーダーの一人が判断して一時的に工程を短縮した、と書かれている」


アメリアの脳裏に、若い研修生の顔が浮かぶ。熱心で自信に満ち、時に判断が早いトゥールと同世代の者だ。若さゆえの決断が、結果としてリスクを招いたのかもしれない。だがすぐに彼女は自問する。確認と罰の前に、まずは対処と教育だ。


「セイリウスに連絡を。学術院の拠点監査官と協議して臨時回収を段取りしてほしい。こちらは患者の応急処置を最優先に。トゥール、君は現地拠点と直通で話をつけて、工程の詳細を確認して」

命令は冷静だが、そこには若者を守る配慮も含まれている。


数時間後、調査は深まる。拠点ラボの報告を突き合わせたところ、乾燥工程の短縮は確かに行われていた。原料は収穫直後の水分を多く含んだ状態で梱包され、その後の輸送中に高温多湿に晒された可能性が高い。こうした条件は、成分の不安定化や微生物の増殖を招く。今回の症状は、薬効成分の変性による体内反応か、微量な副産物に対する過敏反応のどちらかだと推定される。


アメリアは拠点の学生リーダーに伝えた。彼の名はエラズ。彼は実務能力が高く自信家だが、今回の工程短縮を正当化した中心人物の一人だった。やがて、エラズは薬草園へ到着し、息を詰めて顔を上げた。


「私の判断が……すべての原因かもしれません」エラズの声は震えている。彼は自分の過ちを認めつつも、悔恨のあまり言葉を詰まらせた。「収穫期が迫っていて、乾燥室が使えない。提供を待つ病院があると聞いて、最短で出すことを選んでしまった。結果的に、適切な処理ができなかった」


その夜、薬草園の小屋は静まり返った。研修生たちが集まり、エラズは頭を下げた。非難もあったが、罵倒ではなく問いと理解が続く。アメリアは穏やかに言った。


「重大な過ちでした。だが、ここで学ぶのは、失敗を隠すことではなく、失敗から責任を取り、学ぶことです。君たちの判断は人を救いたいという思いからだと私は知っている。だが、医療には“速さ”より“安全”が優先される。今日の結果を私たちはまず、患者の回復に全力を尽くすことで償い、次に同じ過ちは繰り返さないための手順をつくる」


その言葉が空気を和らげる。エラズは涙をぬぐい、深く頷いた。若者たちの目には、恥と覚悟が混じっている。トゥールは震える声で言った。


「僕たち、次はもっと注意深くやります。勝手に判断しない。必ず相談します。現場の声を聞き、安全を最優先にする仕組みをつくりたい」


アメリアはそっと彼の肩に手を置いた。「それで良い。責任を取るとは行動すること。ここで得た痛みを、次の種に変えなさい」


翌日、学術院の監査官と共同委員会は即時の回収命令を出し、該当ロットは回収された。王都の病院には事情説明と謝罪がなされ、被害を受けた患者には追加のフォローが約束された。患者の容体は幸いにして安定へ向かい、早期の対応が功を奏した。


だが、試練はまだ終わらない。回収と対処の過程で、報道が拠点ラボの“判断ミス”を過度に煽り、外部からの攻撃的な論調が学術院と薬草園に向かった。かつての混入事件の余波を恐れる者たちが再び不安を募らせる。研修生の一人が匿名の嫌がらせ状を受け取り、夜に物音がして倉庫の施錠が一部壊されるという事件まで起きた。


セイリウスは屋外のパトロールを強化し、王都の監査窓口と連携して迅速な情報公開を進めた。情報の透明性が不安を鎮める最良の方法だと彼らは信じている。ルシアンは拠点への手順書を改訂し、乾燥工程の最低保持時間、気象条件下での出荷抑止基準、緊急時の承認フローを文書化して研修生全員に導入した。


一方で、エラズは自らの経験を基に新しい乾燥ラックの改良案を提出した。過去の失敗を糧に彼は実験を重ね、より短時間で均一に乾燥を行える改良型ラックを試作する。トゥールはその設計図を読み、学術院の若手技術者と共に安全性評価を行う。失敗が成長を生む瞬間だ。


数週間後、改良型乾燥ラックは成功を見た。試験ロットは安定した品質を示し、学術院の独立検査でも合格ラインを超えた。報道のトーンも徐々に落ち着き、外部からの支援の手も再び差し伸べられるようになる。エラズは村の前で静かに挨拶し、トゥールは若い研修生たちに向けて実地講義を行った。二人の背中は、以前よりも確かに逞しく見えた。


夜、丘の上で三人は黙って月を見上げる。アメリアは蒼炎草の苗を撫で、静かに言った。


「若者が育つには、場と時間と失敗が必要だ。誰かが完璧を求めすぎると、学びは停止する。私たちは守るべきものを守りながら、彼らに学ぶ自由も与えねばならない」


ルシアンは小さく微笑み、セイリウスは黙って頷いた。薬草園はまた一つ成長した。試練は痛かったが、その痛みは共同体の成熟へと変わった。


翌朝、薬草園の広場には新しい掲示が貼られていた。そこには、改訂された運用手順と「誰でも匿名で安全懸念を報告できるホットライン」が明記されている。トゥールがその下に小さな落書きをしているのを見て、アメリアは思わず笑った。落書きは「失敗は種、学びは土」と記されていた。


小さな庭の中で、種はまた一つ深く根を下ろす。人々は傷つき、その傷を糧にして次の世代へ知恵を渡す。アメリアは胸に静かな確信を抱いた――成熟とは、失敗を許し、それを次に生かす勇気を持つことなのだと。

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