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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第33話 「王国揺れる――真実の代償」

王都に春の光が戻るころ、広場には人の波と紙の嵐が吹き荒れていた。学術院の公表から間もなく、新聞は一面で侯爵と関係者の名を報じ、討論は議会にまで飛び火した。貴族たちの間にも動揺が走り、王宮では静かな慌ただしさが続いている。


だがその中心にいるのは、いつもと変わらず薬草園の娘だった。アメリアは朝の仕事を終えると、研究小屋で大量に届いた問い合わせと支援の手紙に目を通す。中には激励の声、支援金の申し出、そして「この制度をどう守るべきか」という真剣な提案も混じっていた。彼女は一つずつ丁寧に返事をした。どれほど大きな渦が外で生じようとも、現場は現場で回らねばならない。


「王都は揺れている。けれど、ここでの仕事は止められない」

ルシアンが淡々と言う。彼の顔には眠気の影が貼り付いているが、目は確かな集中を示している。セイリウスは王室から呼び戻されたり学術院での協議に出たりと忙しく、長い留守がちになる日々だ。だが三人の連携は以前より強固になっていた。


国の重しが動き出すと、必ず代償が生じる。王は公開調査を命じ、侯爵の屋敷から押収された書類や帳簿の分析が進むにつれ、王国の内側に張り巡らされた利権の網目が白日の下に晒されていった。政敵はそれを利用し、古い秩序を守ろうとする。守る側もまた、混乱が大きくなった場合の「治安維持」を理由に強硬手段をちらつかせた。


議会の討論は苛烈になった。ある議員は「経済の安定を優先しろ」と主張し、別の議員は「民の生命と公共の福祉を守るために徹底的な改革を求める」と叫んだ。新聞は論陣を張り、民衆は市内の広場で集会を開いた。王都の空気は、どこか揺らぎながらも新しい方向へと動こうとしている。


その揺らぎは辺境にも届く。薬草園に届く便りは増え、多くは応援だが、一部には恐れと疑念が混じる。辺境の商人の中には「王都で騒ぎが長引けば出荷も滞る」と心配する者もいる。アメリアはそのすべてに耳を傾け、できる限りの対応策を講じた。共同委員会は透明性の強化へ向けた追加の手続きをまとめ、公表した。外部からの監査、定期的な生産報告、草の一株に至るまでのトレーサビリティ——守るべきものを守るための細かな約束事が積み上げられていく。


一方、政争の代償は容赦なく人の暮らしを侵す。侯爵の周辺では関与が疑われた商人や役人が拘束され、家族は屈辱の中で日々を送る。中には潔白を主張する者もいたが、世論は敏感で、問答無用に同情を向けることは稀だ。侯爵自身も、公の場では深い反省を示したが、彼の一族や支持者たちには強い反発が残る。


そして、より危険な兆候も現れた。学術院や薬草園に対する嫌がらせや脅迫が増えたのだ。夜間に置かれた脅迫状、研究材料を狙った盗難未遂、学術院の一部文書に対する焼却の企て。行為は露骨になり、直接的な暴力に繋がる前兆が見え始めた。王室は一部の地域に治安部隊を配備したが、それでも「安心」は遠い。


アメリアは夜、薬草園の番小屋に座っていた。星は冷たく瞬き、遠くの木立がざわめく。彼女は手のひらに小さな紙片を載せて見つめる。村の子どもたちからの手紙だ——「アメリアさん、私たちがあなたを信じています」とぎこちない文字で書かれたもの。胸が締め付けられる思いがした。


「守らねば」彼女は小さく呟く。守るべきものが増えれば増えるほど、選択の重みは増す。誰かの命を救うための薬も、制度も、人々の心も。どれも意味があるからこそ、失うわけにはいかない。


王都の政治舞台では、想像以上に複雑な駆け引きが続いていた。王は表向きに中立を保ちつつ、実務的な改革案に署名する形で事態の沈静化を図る方針をとった。侯爵家には調停案が提示され、一族の名誉回復と引き換えに一定の財政的譲歩や公益事業の推進が議題にのぼる。だがそれらは表面的な解決に過ぎず、深い構造の改革はまだ道半ばだ。


議会では、学術院の研究と商業の関係を法的に整理するための「研究倫理法」が提案された。それは研究のガバナンス、資金の出所の公開、外部資金の受け入れ基準、公的監査の強化を義務づけるものだった。アメリアたちはこの法案に関わる有識者会議に呼ばれ、現場の声を届ける役割を任された。彼女は淡々と、だが的確に自分たちの体験を語った。


「研究は人を救うためにある。利益や権力のために歪められてはいけない。そのためのルールと監視が必要です」彼女の言葉は議会に深く刺さった。学術院の中にも賛同は広がり、若手研究者の公開の場での支持も得られた。だが同時に、保守勢力の抵抗も強く、法案は国論を二分する大きな争点となった。


物語の中で最も痛ましい代償は、個人の失墜と回復の難しさだった。侯爵はその後、正式な職務と役割を剥奪され、家名の一部は汚名に覆われた。学術院の何人かの管理職は責任を取って辞任し、新しい人材に交代した。だが同時に、公的な処分だけで済まない心の傷も残った。学術に携わる者たちの間に疑心暗鬼が生まれ、元の信頼を取り戻すには時間が必要だ。


それでも、回復の芽は確かにあった。辺境の薬草園では、研修で来た地方代表たちが自国へ戻る準備を進め、共同で作る品質基準が各地で採用され始めた。学術院では若手の声が勢いを増し、オープンサイエンスの取り組みや地域連携の強化が始まっている。人々は一歩ずつ、だが着実に変化を積み上げていた。


ある夕刻、王都から一通の文書が届いた。王の命により、学術院と辺境の共同研究拠点への特別予算が承認されたという。資金は透明性のための監査システム、教育プログラムの拡充、そして辺境のインフラ整備へと振り分けられるという。その文言には小さく「王は、人のいのちを守るための研究を支持する」と記されていた。


アメリアはその知らせを受け、驚きと安堵が混じった笑みを浮かべた。だが彼女は同時に、これが終わりではないことも知っていた。改革は制度だけでなく、人の心を変えることが必要だ。教育、対話、そして失敗から学ぶこと——それらを根っことして育てなければ、同じ過ちが繰り返される。


夜、三人は丘の上に上がり、満天の星を眺めた。遠くに見える王都の明かりはまだ揺れているが、薬草園の灯りは確かな輪を作っている。


「代償は払った」ルシアンが呟く。

「だが、これを契機に何かは動き始めた」セイリウスが続ける。


アメリアは静かに頷いた。胸の中には疲労と希望が同居している。彼女は蒼炎草の苗にそっと触れ、その温度を確かめる。


「私たちは、まだやるべきことがある」彼女は言う。

「薬草園が守るのは、ただ薬だけじゃない。人の尊厳、現場の声、未来を育てる仕組み――それを守るために、私は種を蒔き続ける」


丘の風が三人を包み、遠くで一羽の鳥が夜へと飛び立った。王国は揺れた。しかし、その揺れの中から、小さな変化の芽が芽吹き始めている。真実の代償は重かったが、代わりに手に入れたものもまた確かなものだった。


翌朝、薬草園には新たな研修生の一団が到着する。彼らはここで学び、各地へ戻っていく——小さな灯がまた一つ増えるのだ。アメリアはその姿を想像し、笑った。微笑みは疲れを帯びているが、確かな強さがある。


物語は続く。王都がどのように変わり、辺境がどのように育つかは、これからの人々の選択に委ねられている。だが一つだけ確かなことがある。小さな庭で芽吹いた薬草は、人の手で守られ、分け与えられる限り、誰かの夜を照らし続ける。

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