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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第32話 「影との対峙――侯爵の真意」

王都の夜は異様に静かだった。

月光が大理石の回廊を照らし、薄く伸びた影が揺れる。


その先に、アメリア、セイリウス、そしてルシアンが立っていた。

王室監査官からの密命により、侯爵本人の“非公開聴取”が行われる。

場所は侯爵邸の一室。扉の向こうには、すべての答えが眠っている。


扉が開くと、かつての華やかさを失った男がそこにいた。

ベルトラム侯爵。

深い皺を刻んだ顔に、かつての威厳はもうなかった。


「ようこそ、辺境の娘よ」

低く、しかしよく通る声が部屋に響く。


アメリアは目を逸らさず、正面に立った。

「私の名前をご存じとは、光栄ですわ。侯爵閣下」


「お前の噂くらい、嫌でも耳に入る。

王都を動かし、学術院を揺るがせた“辺境の令嬢”。……皮肉なものだ」


侯爵は乾いた笑みを浮かべる。

その目には、敗者の諦めではなく、何か別の色があった。


セイリウスが一歩前に出る。

「侯爵。あなたの秘書ラウルは全てを供述しました。

学術院との癒着、薬草改竄、そして裏資金の流れ。――もう逃げられません」


侯爵はゆっくりと目を閉じた。

「逃げるつもりなどない。……だが、話しておかねばならんことがある」


その声に、部屋の空気が変わる。


「学術院を操っていたのは、私ではない。私は“媒介者”に過ぎなかった」


侯爵は机の引き出しから一通の封書を取り出した。

王室の印章が押されている――だが、今は剥ぎ取られ、破損していた。


「王室の一部が、“辺境の経済統制”を狙っていた。

薬草貿易を制限し、王都に資金を集める。そのために、私の名を使った」


アメリアの眉がぴくりと動く。

「まさか……辺境を犠牲にしてまで、王都の利益を守るために?」


「利益ではない。『均衡』だ」侯爵は苦く笑った。

「辺境が豊かになりすぎれば、中央の権威が崩れる。

民が“自立”することは、王にとって“統治の危機”なのだ」


ルシアンが唇を噛む。

「そんな理由で……どれほどの人が苦しんだと思っているんです!」


「分かっている」侯爵は目を伏せた。

「私もかつては辺境出の血を引く者だ。

だが、中央に取り込まれた時点で、“選ばれた立場”として生きるしかなかった」


沈黙。

長い間、誰も言葉を発しなかった。


「侯爵閣下」

アメリアが静かに口を開く。

「あなたは、何を守りたかったのですか?」


「……家だ。

代々続く“ベルトラム”という名を、王の庇護の下で守ること。

それが私に課せられた義務だった。

だが今となっては、その名も空虚な鎖だ」


彼の声は静かだったが、そこに滲む悔恨は深かった。


「辺境の娘よ。

お前は正しい。

お前のような者がいれば、王国はきっと変われる。……だが、

その時、この国は“王国”でなくなるかもしれん」


アメリアはまっすぐに彼を見つめた。

「それでも構いません。

人が人として生きられるなら、それが“王国”の形でも」


侯爵の目がわずかに潤んだ。

そして、微笑した。

「……なるほど。お前が王子の心を動かした理由が、少し分かった気がする」


セイリウスの瞳が細くなる。

だが、その眼差しは怒りではなく、どこか哀れみに近かった。


聴取は二時間に及んだ。

侯爵は全てを語った――王室の裏資金の流れ、命令経路、そして自らの関与の限界を。

最終的に、王室監査官が全ての記録を封印し、署名を終える。


部屋を出る直前、アメリアは振り返った。

侯爵は窓辺に立ち、朝の光を見つめていた。


「アメリア嬢」

背を向けたまま、侯爵が言った。

「お前の薬草園……あれは、美しい。

私の孫が病で苦しんでいた時、あの軟膏に救われたと聞いた。

皮肉なものだな。滅びの種を植えたと思っていたら、救いの花が咲いた」


アメリアは目を閉じ、静かに頭を下げた。

「救ったのは薬ではなく、人の想いです。

あなたもそれを知っていたはずです」


侯爵の唇がわずかに動く。

その声は、もはや誰にも届かないほど小さかった。


屋敷を出た三人を、冷たい朝風が迎える。

遠くの塔から鐘が鳴り、王都が目覚める。


「……終わったのか?」

ルシアンが問う。


セイリウスは首を振った。

「いや。始まりだ。

この証言を公にすれば、王国全体が揺らぐ」


アメリアは空を見上げた。

薄い雲の向こう、陽光が差し込み始める。


「でも、光は見えたわ。

隠された影が、ようやく形を持った」


風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。

その瞳には、確かな決意が宿っていた。


「これでようやく……“次”に進める」


三人は歩き出した。

足元には、夜露に濡れた石畳。

その一歩一歩が、過去と未来を繋ぐように響いた。


――影を暴けば、闇が揺らぐ。

だが、光が刺すのは、いつだって“真ん中の傷”だ。


アメリアは、手帳のその言葉をそっと閉じた。


物語は、まだ終わらない。

むしろここから――本当の「変革」が始まる。

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