表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/83

第31話 「暴露の朝――証拠公開とその代償」

朝靄がまだ村を離れきれない頃、薬草園の空気はいつもより重く、しかしどこか澄んでいた。三人はいつもの小屋に揃い、最後の準備をしていた。書類の複製、証拠の封印、王室監査役との合意書――すべて形式と手続きによって正しく結ばれている。だが、紙の上の正当性は、現実の力関係を越えることはない。だからこそ、証拠を「公開」する瞬間には、勇気が要った。


「これでいい」

ルシアンの指先が最後の写しに触れた。彼の声には静かな確信が宿っている。セイリウスは外套の襟を正し、深く息を吸った。アメリアはペンを受け取り、法務官が用意した受領書に自分の名を刻む。署名を終えた瞬間、空気が少しだけ軽くなったように感じられた。


学術院の大階段には、既に報道陣と王都の使者、それに民衆の一部が集まっている。王室の命により、「学術院内の改竄疑惑」に関する公表がこれから行われるのだ。調査団の長が壇上に立ち、まずはこれまでの経緯と調査手続きの正当性を述べる。その声は冷静だが、胸を打つ。


「我々は全ての証拠を検証の上、関係者の捜査を進めた。ここに提示するのは、学術院の公式記録に対する改竄の直接的な証拠である」

法務官が一枚ずつ示す。書類の複製、溶媒の分析結果、改竄の痕跡の写真、資金の流れを示す振替記録。会場の空気が張り詰める。


そして最後に、ルシアンが手にしたラウルの供述書により、侯爵邸の秘書ラウルが「侯爵名義の文書を学術院に持ち込み、学術院内の特定部署と密接に接触した」ことが告げられた。壇上の数人の顔色が変わる。観衆のざわめきが一瞬だけ大きくなった。


「本書類は侯爵の名を示しているが、侯爵本人の直接の筆跡であるとは断定できない。ただし、秘書を介した指示と、学術院内の改竄行為の痕跡は強く結び付いている。更なる追及は法の手続きに従い行う」

学術院長の言葉は厳かだ。王室の監査役が颯爽と一歩前に出て言った。


「これを以て、学術院の内部関与について公式に調査を開始する。関係者の一時的な職務停止と留置を伴う捜査を実施する。国は透明性を以て対処することを宣言する」


その瞬間、広場の空気が爆ぜたように明るくなった。歓声、ため息、罵声、励まし──いくつもの声が入り混じる。村から駆けつけた代表たちは肩を組み、誰かが涙を拭っていた。辺境で泥にまみれて働く顔が、国の場で「聞かれた」ことの意味を噛み締めているのだ。


だが喜びは同時に代償を伴った。公表直後、侯爵と近い立場にある複数の勢力が即座に動いた。学術院内には混乱と分裂が生じ、古い派閥は自らの安全を確保しようと静かに動き出した。王都の夜には過激な論評が飛び交い、ある新聞は「学術院の名誉を汚す陰謀」などとセンセーショナルに切り取る。


翌日、王室は更なる一手を打った。侯爵邸の捜査に向けて王室の特命部隊が向かうとの命令が出た—だが同時に侯爵側が高度な法的措置を準備しているという情報も流れる。政治のほこたてが表舞台でぶつかろうとしていた。


辺境の薬草園では、アメリア達が日々の仕事を通じて動揺を鎮めていた。新しい出荷の準備、教育プログラムの運営、研修団の対応——村の営みを止めるわけにはいかない。だが、夜になると小さな不穏な出来事が断続的に発生した。倉庫の鍵が外されかけていた痕跡、外灯に仕掛けられた小さな損壊――誰の仕業かは定かでないが、脅しの存在は確かだった。


もっとも重い出来事は、学術院の一部の研究者が公表前夜に「自殺の報」を流したメディアの扇動である。だが調査が進むにつれ、それは誤報であることが判明した。虚報が拡散した理由は、恐怖と利権の危機感から来る「混乱の戦術」であったと後に分析される。だがその瞬間、薬草園にも冷たい影が差した。外部の力が人々の心に不安の種を撒いたのだ。


最も痛かったのは、学術院の中で信頼していた人物が一時的に疑われ、保身のために距離を置く姿を見せたことだ。誰かの姿勢が変わると、それは辺境にも伝播する。村人の中には「やはり大人の世界は変わらないのか」と呟く者もいた。


だが、アメリアたちは折れなかった。彼らは公的手続きが進む中で、確実な証拠を王室の監査役に手渡し、法的に有効な形で追及を続けた。ルシアンは夜通し帳簿の照合を行い、ラウルの証言を裏付ける追加の領収書の存在を突き止めた。セイリウスは王室の法務陣と連携し、押収すべき物証リストを整えた。アメリアは村人たちを励まし、現場の士気を保った。


数日後、侯爵邸の捜査が公的に開始された。侯爵側は弁護士団を迅速に結成し、あらゆる手段で手続きを阻もうとした。邸内の捜索と押収は厳格に行われ、その中で複数の疑わしい書類、改竄用のインク容器、保全済みの旧帳簿が見つかった——だが、侯爵は表向きには「無関係」を主張し続けた。


その中で最も象徴的だったのは、侯爵の側近を務めるある人物が、捜索中に邸の書斎で倒れているのを発見されたことだ。表向きは突然の発作とされたが、周囲の証言は曖昧で、世間は勝手な憶測を飛ばした。政治的な駆け引きは、たとえ小さな人命であっても利用されかねない。


証拠は山のように積み上がったが、決定的な「王の指示」を示す文書は依然見つかっていなかった。侯爵の屋台骨はあまりに大きく、周囲の保護網も厚い。王室は慎重に、しかし確実に手を進めている——しかしその「慎重さ」は、辺境の人々にとってはもどかしくもあった。


やがて、公の場で最初の起訴が行われた。資材調達課長と数名の外郭請負業者が拘束され、彼らは書類改竄や横流しの罪に問われた。法廷では彼らの供述が始まり、徐々に「指示系統」についての言及が出てくる。口の端に滲むのは「上からの要請」「急ぎの処理」といった断片的な語句だった。誰もが責任の矢印を他へと向ける。


公判は長引き、公の報道は日々新たな論点を提示した。辺境の村はそのたびに揺れ、だが同時に人々は以前にも増して結束を見せる。薬草園の門前に、若い母親が小さな籠を置き、そこには「ありがとう」と書かれた手紙と、収穫したばかりの乾燥ハーブが並んでいた。感謝は、嵐の只中で最も確かな灯火だと、アメリアは思う。


章の終わりに近づいて、アメリアは一つの決断を下す。公的な手続きと並行して、辺境側からも独立した公開会見を開き、これまでの実地責任と品質管理のプロセスを市民に向けて示す—それは彼女なりの「透明性の実践」だった。会場には村人だけでなく、学術院の若い研究者や王都の小さな新聞記者が詰めかけた。アメリアは淡々と、だが力強く、薬草園での工程、トレーサビリティ、共同委員会の運用方法を説明した。質問は厳しく、だが彼女は一つずつ答えていく。


その会見が終わった夜、丘の上で三人は肩を並べて静かに立った。遠くからはまだ政争の火花が散っている。だが村の灯は穏やかに揺れ、葉先に露が光っている。


「代償は大きかった」ルシアンが言う。彼の声には疲労が混じる。セイリウスは黙って頷いた。


「だが、灯は消えていない」アメリアは答える。彼女の目は静かに光っていた。「真実は一夜にして勝つものではない。時間と誠意で積み上げていく。私たちは、そのためにここにいる」


嵐の最中、薬草園は小さなオアシスであり続けた。外の世界がどれだけ騒ごうと、この園で育った薬草は誰かの命を救い、誰かの手に渡る。それが揺らぐことは許されない。だが、真相の解明はまだ終わっていない。侯爵の背後にいる「影」は未だ遠く、王都の駆け引きはこれから更に続くだろう。


その夜、アメリアは日誌の最後のページに一行だけ記す。


――火は消えない。ただ、もっと多くの人に火を分け与えねばならない。


窓の外、蒼炎草の苗が月光に淡く光る。嵐の朝は去り、長い闘いの午後が始まる。だが、誰かが灯を守る限り、希望は消えないのだと、彼女は固く信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ