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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第27話 「裏の海流――真犯人の影」

夜の薬草園は、異様な静けさに包まれていた。

虫の声さえ止み、風が遠くでうねる。まるで世界が息を潜めているかのようだった。


アメリアの前に立っていた男は、黒い外套を肩まで羽織り、顔の半分をフードで隠していた。

けれど、その仕草、その佇まい――彼女は忘れようとしても忘れられない。


「……あなた、まさか……」

アメリアの声が震えた。


男はゆっくりと顔を上げる。

月明かりがその横顔を照らした瞬間、アメリアの心臓が跳ねた。


「――リオネル・ヴァイス王子」


かつての婚約者。

そして、この世界の“ゲームシナリオ”で、彼女の破滅を決定づけた張本人。


だが今、その瞳には憎悪も蔑みもなかった。

あるのは、迷いと焦燥――そして、深い疲労の色。


「アメリア。久しいな」

「……あなたが、なぜここに。王都では、私たちの研究が“王命により凍結”されたはずよ」


リオネルは視線を逸らし、息を吐く。

「だからこそ来た。――お前たちの“無実”を証明するために」


アメリアは思わず息を飲んだ。

「何を言っているの? 王都からの通達には、あなたの署名があったわ!」


「それは、俺の署名じゃない」

リオネルの声は低く、怒りを抑え込んでいた。

「俺の印章が盗まれ、命令文が偽造された。軍の一部が動いている。……そして、その背後には――国外の商連がいる」


マルカスの名前が、アメリアの脳裏をよぎった。

だが、彼の誠実な表情が嘘には思えない。


「国外……商連? つまり、この“海藻ポリマー”の混入は、偶然ではなく――」

「計画されたものだ」


風が強く吹いた。

遠くの棚でガラス瓶が一つ、カチンと鳴る。


リオネルは懐から封書を取り出した。王室の封蝋は割られ、内部に数枚の書状と商業契約書が挟まっている。

アメリアがそれを受け取ると、目に飛び込んできた署名のひとつに、思わず息を呑んだ。


“アメリア・フォン・ハーヴェスト”


それは彼女の筆跡を完璧に模倣した、偽造契約書だった。

内容には――「辺境薬草園の技術を、東方連邦商会へ独占提供する」とある。


「……これを、王都の議会に提出するつもりだった」

リオネルの声が沈む。

「もし通れば、辺境は“国家反逆”と見なされ、全員が処刑対象になる。俺はそれを止めに来た」


アメリアの手が震える。

怒り、恐怖、悔しさ――それらが渦を巻く。だが、その奥底にあるのは「負けたくない」という意志だった。


「リオネル。あなたが、今ここにいるなら――信じるわ」

「……俺を、信じるのか?」

「ええ。昔のことはもうどうでもいい。でも、今は“真実”を守らなきゃ。あなたも、それを望んでいるんでしょう?」


一瞬、リオネルの瞳が柔らかく揺れた。

だが次の瞬間、彼の背後で影が動く。


刹那、アメリアは光を放つ瓶を掴み、床に叩きつけた。

白い閃光。

薬草の粉が空気に舞い、閃光と共に一帯が眩い霧に包まれた。


「伏せて!」


ガラスの破片をすり抜け、矢のような金属片が二人の間を掠める。

倉庫の影から現れたのは、見覚えのある人物――連邦使節団の副官、女性技術者ナディア。

彼女の手には、細身の魔導銃が握られていた。


「まさか……あなたが……!」

「悪く思わないで、アメリア。わたしたちは命令に従っているだけ。あなたたちの“奇跡の薬”は、もう連邦のものになるのよ」


ナディアの声は冷たく、それでいて悲しげでもあった。

マルカスの姿は見えない。――彼女が単独で動いているのか、それとも背後に別の命令系統があるのか。


リオネルは咄嗟にアメリアを庇い、腰の剣を抜いた。

金属音が響き、二人の間で火花が散る。


だが、アメリアは戦うためではなく、“守るため”に動いた。

足元に転がっていた試験瓶を掴み、瞬時に配合を変える。

マルカスとの実験で得た知見――海性成分と蒼炎草の揮発油を混ぜれば、一時的に魔力共鳴を乱す効果がある。


「……ごめんなさい、でもこれは私たちの場所を守るため!」


アメリアが瓶を投げつけると、淡い青の霧がナディアの視界を覆った。

魔導銃の照準がぶれる。リオネルがその隙を突いて突進し、銃を弾き飛ばした。


ナディアは床に倒れ込み、息を荒げた。

霧の中、彼女の瞳は涙で揺れていた。


「わたしは……あの人の命令で……やっただけ……」

「“あの人”? 誰の命令?」


ナディアの唇が、かすかに動いた。

「……“蒼き印章”の……指示……」


その言葉を最後に、彼女は気を失った。


“蒼き印章”――それは、かつて王都の裏で暗躍した秘密結社の名。

王族と商会の裏取引を動かし、利益のために医療物資を闇市場へ流していた組織。

アメリアが転生してから、唯一“関わりたくない”と誓った存在だった。


「まさか……まだ生きていたなんて……」

アメリアの声が震える。


リオネルはナディアの銃を拾い上げ、静かに言った。

「彼らは王都にも潜り込んでいる。商会、軍、そして学術院の一部にも。……お前たちが築いた“倫理と信頼”が、やつらには邪魔なんだ」


アメリアは拳を握りしめた。

怒りよりも、恐怖よりも、胸の奥で燃えていたのは――決意だった。


「いいわ。だったら、私はやる。

この薬草園を、彼らの手に渡さない。

王都が信じてくれないなら、私たちが“証拠”を作るのよ」


リオネルが頷く。

「協力する。……俺も、もう逃げるのはやめた」


月が雲を割り、白い光が二人を照らした。

その光の中で、アメリアはまっすぐに立っていた。

かつて“破滅フラグ”と呼ばれた令嬢が、今や国家の陰謀を暴く戦場に立っている――誰よりも強く、確かな意思で。


夜明け前、薬草園の塔の上から、アメリアは再び風を感じた。

遠くでマルカスが拘束され、セイリウスとルシアンが調査を始めている。

王都への報告書の一行目に、彼女はこう書き記した。


「私たちは、再び立ち上がります。

真実の薬と、真実の心を守るために――」


そして、ページの端に小さく記した。

“蒼き印章、必ず暴く”


その筆跡は、燃えるように力強かった。

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