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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第25話 「広がる輪――他地域からの反応」

初夏の風が丘を渡り、薬草園は緑の濃さを増していた。蒼炎草の苗は順調に育ち、乾燥室では新たに整備されたラックで収穫物が整然と並ぶ。共同生産の第一区画目の出荷が無事に終わり、村は穏やかな高揚感に包まれていた。


「今回の出荷は王都の中央病院にも届きます。品質チェックも問題なし、との報告です」

ルシアンが淡々と伝えると、アメリアは目を細めて頷いた。彼女の胸には、辺境で働く人々の顔が次々と浮かぶ。蒼炎草の小さな芽を手で撫でた日のこと、泥だらけで笑っていた子どもたちのこと、初めて王都で癒光液を手渡したときの、患者の驚きと安堵の表情——すべてが今の一歩に繋がっている。


そんな折、学術院からの連絡が入った。連絡は端的で、しかし重要だった。近隣の諸侯領と地方医療連合から「視察と提携の相談」が寄せられ、複数の代表団が順次、この薬草園を訪れたいというのだ。王都での成功が口コミで波及し、情報を聞きつけた他地域からの関心が一気に高まったのである。


「嬉しい知らせね」

アメリアは窓の外の丘を見つめながら微笑んだ。けれど、同時に計画と準備の必要性を即座に思った。視察が増えれば、忙しさは増す。村の迂回路、宿泊の手配、説明資料の翻訳、農作の手落ち。全てを丁寧に運ぶ必要がある。


「まずは受け入れ体制を整えましょう。マリーさん、診療テントの増設をお願いできますか? 長期滞在の医療支援隊も来るようです」

「了解です。滞在者用の簡易診療所も整えておきます」マリーは即答した。経験から来る判断は的確で、村人たちの安心感にも繋がる。


翌週、最初の代表団が到着した。連ねて現れたのは、東の小侯爵領の使節、北方の医療連合の代表、そして遠方の島嶼からやってきた一行——多様な顔ぶれだ。彼らは皆、辺境での薬草栽培がもたらした社会的効果と実用性を自分たちの地でも再現したいと考えてやって来たという。


「見せてください、貴園の栽培方法と品質管理の流れを」

東の使節の長は短く礼をした。彼はロジスティックスの責任者を伴っており、辺境から都市への安定供給に強い関心を示した。


アメリアは代表団を温かく迎え、薬草園の歩き方から調合の基礎、乾燥工程、現地での教育プログラムまで一つひとつ丁寧に説明した。セイリウスは科学的根拠と検査方法、ルシアンは記録とトレーサビリティの体制を示す。村の生産者たちも自分たちの言葉で、作業の手応えと困難を正直に語った。


視察の最中、ある貴族の随行員が小声でアメリアに話しかけた。

「貴女のやり方は素晴らしい。だが、うちの地でも同じを導入するにあたっては資金と専門家の派遣が必要だ。どのように始めれば良いか、率直に教えて欲しい」


アメリアはふっと笑って、村での最初の一歩を語り始めた。初めは種一握りと数人の人手から始まり、失敗と学びを繰り返して今日があること。人も知識も一朝一夕に整うわけではない。大切なのは「現場の声を尊重し、制度と教育を同時に作ること」だと。


代表団の中には、やはり懐疑的な者もいた。ある自治領の代表は公然と疑問を呈した。

「辺境で成立するのは素晴らしい。ただし我が地では気候も人口構成も異なる。成功例を丸ごと移植しても失敗するのではないか?」


その問いに、ルシアンが数枚の資料を示した。辺境の条件ごとにカスタムした栽培マニュアルと、試験栽培による成功率のデータ、さらに耐候性品種の育成計画。アメリアの言葉とデータが重なり、やがて懐疑の顔にも理解の色が差した。


視察が終わる頃、代表団のひとりが静かに申し出た。

「我々はまず、貴園の方法を学ぶ研修団をこちらに派遣したい。貴女方の教育プログラムを共有していただければ、我々も自国で試してみます」


その提案は、アメリアたちの目に光を灯した。王都を中心にした中央集権的支援ではなく、地域ごとの自律的な立ち上げを支援する形は、彼女が望んだ「広がる輪」のあり方に近い。彼女は即座に承諾し、研修日程と交換プログラムの枠組みを話し合った。


その夜、薬草園には久しぶりの賑わいがあった。代表団のメンバーと村人たちが夕食を共にし、互いの文化や食べ物、風習を分かち合う。トゥールが自作のハーブパンをふるまい、マリーが王都の救急処置法を披露する。交流の中から、小さな協力関係が芽吹いていった。


だが、広がる輪は常に歓迎だけをもたらすわけではない。翌日、学術院の回覧で一件の連絡が回ってきた。東方の領主が、自らの領地での大量栽培を既に独自に開始しており、無許可で辺境由来の種子を使用しているとの報告だった。種子の出どころを追えば、かつての流通記録に不審な購入履歴が残っているという。


「無断使用は許されない」セイリウスが静かに言う。種子は知的共有の対象となったが、共同管理の枠組みと品質基準を無視した利用は問題だ。アメリアはすぐに代表団に連絡を取り、冷静な説明と共に、正しい導入手順と安全基準の重要性を強調した。無許可の栽培は環境や薬効のばらつきを招くだけでなく、品質低下が結果的に患者に害を及ぼす危険がある。


この出来事を契機に、薬草園側は「種子の配布と管理」に関する新たなガイドラインを急ぎ作成した。配布は必ずトレーサビリティが保証されたルートで行い、導入先には事前登録と研修受講を義務付ける。ルシアンがデジタル台帳を整備し、学術院と辺境の共同サーバーで管理することで、不正流通の抑止を図った。


同時に、アメリアは広がる需要に対し、倫理教育を伴う普及プログラムを提唱した。新たな参加地域には、単なる“栽培マニュアル”だけでなく、地域住民の参加や収益の再投資、公共健康の理念を含んだ「共同の設計図」を提示する。資金や種子が先に入ってしまうと、しばしば現地の声が無視される危険がある——彼女はそれを繰り返したくなかった。


やがて他地域との協働プロジェクトは、二つの方向で進み始める。一つは「研修派遣型」——代表が薬草園に学びに来る方式。もう一つは「遠隔支援型」——技術支援を遠隔で行い、地元の協力者を育てる方式だ。どちらも共通するのは、現地の主体性を尊重すること。アメリアたちはこの方針を学術院と合同で宣言し、地域間の合意文書を取り交わした。


数ヶ月後、第一回目の研修団が薬草園で学びを終えて帰路についた。修了証を手にした彼らの表情は誇らしげで、トゥールは見送りの列で小さく手を振った。村を出る代表に向け、アメリアはある約束を渡す。


「何かあったら、いつでも連絡して。私たちは“種”だけでなく、知恵も共有するから」

代表は深々と頭を下げ、船や馬車に乗り込んでいった。薬草園の丘が遠ざかるにつれて、彼らの背中は小さなながら確かな変化の種を携えているように見えた。


だが同時に、新聞や学会誌では「辺境モデルの普及」が大きく取り上げられるようになり、保守的な層や既得権益を守ろうとする者たちの反発も続いた。学術院内では、新たな標準化委員会の設置が検討され、中央との役割分担の擦り合わせが続く。アメリアたちはそれらの雑音に振り回されることなく、現場での実践と教育を最優先に進めた。


ある晩、焚火のそばでセイリウスと話していると、北方からの代表が再び薬草園を訪れてきた。彼は手に小さな箱を抱えていて、アメリアに差し出した。


「これを、受け取ってくれ。うちの地で作った試作品だ。貴方たちの指導で、これだけの品質が出せた。感謝の印だ」

箱の中には、乾燥処理を丁寧に施したハーブと、地元の手作りの薬罐が入っていた。アメリアはそれを受け取り、胸に抱きしめるようにしてから笑った。


「ありがとう。これは私たち全員への贈り物です。共に育て、共に守りましょう」


薬草園の輪は確かに広がっていた。種と知識、技術、そして理念が、遠くの地で芽吹き始めている。だが最も大切なのは、そこにいる人々が自分たちの手で育てる意思を持っていること。その意思が、どんな波風にも耐える“根っこ”を作るのだとアメリアは信じていた。


夜、丘の上で三人が並んだ。遠くの空に広がる星々が、まるで小さな灯りのように瞬いている。


「広がるのは嬉しいけれど、気を抜けないわね」

ルシアンが言う。彼の声には責任感が満ちている。


「ええ。でも、私たちは最初から守ることを選んだ。どんなに遠くに届いても、その姿勢は変えない」

セイリウスが静かに続ける。


アメリアは星空を見つめながら、ゆっくりと頷いた。胸の中に、辺境で芽吹いた小さな思いが確かに根を張り、今や国じゅうに広がろうとしている。だが、広がりゆく輪の中で最も大切なのは「誰のために」広げるか、という問いに答え続けることなのだ。


丘に吹く風が、薬草の香りを連れて三人の周りを巡った。遠くで小さな歌が聞こえる。研修を終えた人々が伝えた、辺境で学んだ歌だ。それは——助け合うことの歌。


「これからも、種を蒔き続けましょう」

アメリアはやわらかく笑い、二人の手を取った。三つの手が固く結ばれる。


新しい地域で芽吹き始めた薬草園の輪は、やがてもっと多くの手を繋ぎ、世界を少しだけ優しくしていくだろう。まだ道は長い。だけど、今日の夜、丘に立つ三人は確信していた。小さな種が、大きな未来へとつながっていることを。

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