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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第19話 「新たな臨床――試練と希望」

学術院と王室が共同で主導する「癒光液」臨床プロジェクトが、いよいよ本格的に始動した。

それは単なる薬効試験ではない。

――人と自然、科学と信仰、中央と辺境のあいだに、真の理解を築く試みだった。


王都中央病院に設けられた特設棟には、辺境からも多くの医師や薬草師が集められている。

アメリアはその中心に立ち、研究主任として日々の臨床記録と患者データを統括していた。


「次の症例、癒光液の投与二日目。症状に改善傾向がありますが、魔力感応値がやや不安定です」

助手が記録を読み上げる。


「調整濃度を五パーセント下げてください。あと、補助薬の投与間隔を一時間広げて」

アメリアは即座に指示を出すと、患者の枕元に歩み寄った。


ベッドの上の少女は、十歳前後。

魔力暴走による慢性神経炎に苦しんでいたが、癒光液の効果で少しずつ回復を見せている。


「アメリア様……手、温かいです」

小さな声に、アメリアは柔らかく微笑んだ。

「少し楽になりましたか?」

「うん……森の匂いがする薬、好き……」


その言葉に、彼女の胸がじんと熱くなる。

――この薬は、辺境の風と人々の祈りが混じったものだ。

単なる治療ではない。生きる力をもう一度灯す“希望”なのだ。


昼休憩、研究室の机に積み上げられた報告書を前に、アメリアは軽く伸びをした。

ルシアンが湯気の立つカップを差し出す。

「ハーブティー、どうぞ。辺境のカモミールとレモンバームのブレンドです」

「ありがとう。……やっぱり、これを飲むと落ち着くわね」


窓の外では、春の光が柔らかく差し込んでいる。

忙しい日々の中にも、確かな充足があった。


だが、その穏やかな時間は長く続かなかった。


突然、扉が勢いよく開く。

「主任! 第三棟の患者が急変しました!」


アメリアは立ち上がり、即座に現場へ走った。


第三棟――臨床対象の中でも、重症患者を収容している棟だ。

ベッドの上では、若い兵士が苦しげに身をよじっている。

癒光液の投与後、魔力反応が異常上昇していた。


「投与停止! 魔力制御符を追加、体温と脈拍を確認!」

アメリアの声が響く。

すぐに複数の研究員が動き、符を貼り替える。


セイリウスが駆け込んできた。

「報告を!」

「予想外の反応です。魔力濃度の異常上昇。副作用ではなく、体内での魔素共鳴が暴走しているようです」


「……癒光液が、魔力そのものを増幅している?」

セイリウスが眉を寄せる。


アメリアは患者の脈を測りながら考えた。

――同じ配合で安定していた他の患者には、こんな症状は出ていない。

ならば、この兵士固有の体質、あるいは魔導式の刻印に何か要因があるはず。


「彼の身体には、戦闘用の魔導刻印がありますね?」

「ええ、軍で支給されたものだと」

「それです。癒光液の共鳴因子が、刻印の魔素回路を刺激してしまった」


アメリアは薬瓶を取り出し、淡い青の液体を混合し始めた。

「抑制液を作ります。これで共鳴反応を中和できるはず――」


やがて注射が完了すると、兵士の呼吸がゆっくりと落ち着いていった。

周囲から安堵の息が漏れる。


セイリウスは深く息を吐き、アメリアを見つめた。

「危機一髪だった。君がいなければ、命を落としていたかもしれない」


「……まだ完全には解決していません。癒光液の万能性に、私たち自身が過信していたのかもしれませんね」


「だからこそ、君が必要だ」

セイリウスの声は穏やかだった。

「薬は奇跡じゃない。だが、君のように誠実に向き合う者がいれば、きっと救われる命が増える」


アメリアはわずかに頬を赤らめた。

だがその瞳には、燃えるような決意が宿っていた。


夜。

臨床棟の屋上で、アメリアは記録端末を閉じ、夜風を受けた。

王都の灯りが遠くにきらめく。


――今日救えた命。

――そして、まだ救えなかった命。


どちらも、彼女の中で重く、そして尊い。


そこへ足音が近づいた。

振り返ると、セイリウスが二つのカップを持っていた。

「こんな夜に働きすぎだ。少し休め」

「あなたこそ。……でも、ありがとう」


二人は並んで、月を見上げた。


「君がこの世界に現れてから、王都は変わった」

セイリウスの声は穏やかで、どこか遠い思い出を含んでいた。

「薬草の香りが、政治の中にまで入り込んでいる」


アメリアは笑った。

「香りくらいなら、悪くない変化ですね」


風が吹き抜け、髪が揺れた。

彼女の横顔に月の光が落ち、セイリウスの胸に静かな熱が宿る。


「……アメリア。

この臨床が終わったら、辺境に戻るつもりか?」


「ええ。あの土地には、私の“始まり”がありますから」


「ならば――私も行こう」


アメリアは驚き、目を見開いた。

「セイリウス様が?」


「王都での職務は続ける。だが、次の研究拠点を辺境にも置きたい。

君と共に、新しい薬を生み出したいんだ」


アメリアの胸に、静かに灯がともる。

それは、遠い春の日に薬草の種を植えた時と同じ温もりだった。


「……はい。ぜひ一緒に」


二人はしばし無言のまま、夜空を見上げた。

月の光が、癒光のように二人を包み込む。


――それは、終わりではなく、新しい始まりの光だった。

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