第13話 「王都の風――癒しの学術祭」
王都の朝は、辺境とはまるで違う匂いがした。
石畳に太陽の光が反射し、商人たちの声が響き渡る。
アメリアは馬車の窓からその景色を見つめ、胸の奥に懐かしさと少しの緊張を覚えていた。
「……戻ってきたのね、王都」
追放の朝。
何もかもを失い、この街を後にした日のことを思い出す。
けれど、あの頃とは違う。
今の彼女の足元には、確かな努力と、薬草園で育んだ誇りがある。
王立学術院の大講堂――。
年に一度、国内外の研究者や貴族が集う「学術祭」の会場は熱気に包まれていた。
薬学、魔導、錬金、農業……各分野の展示や発表が行われ、アメリアは「薬草の治癒的応用」という題目で招かれていた。
「辺境伯令嬢が、王都に?」
「追放されたはずでは?」
「噂の“癒光液”を作ったのが彼女だと?」
好奇と疑念の視線が交錯する中、アメリアは一歩ずつ壇上へ向かった。
背筋を伸ばし、堂々と。
壇上に立つと、彼女はゆっくりと視線を上げた。
「本日は、辺境での薬草栽培と医療応用について、お話しします」
澄んだ声が講堂に響く。
緊張の気配が一瞬で静まり、人々の視線が集中する。
「私はかつて、王都で失敗を重ね、何もできない令嬢だと笑われました。
でも、辺境の人々と共に過ごす中で知ったのです――薬とは、人を救う“温もり”であると」
スライドには、荒れた土地に芽吹く薬草たちの写真。
それを囲む領民の笑顔。
「私は薬を作りながら、人の心に触れました。
どんなに小さな草でも、そこにある力を信じれば、人を癒すことができるのです」
講堂の空気が、少しずつ変わっていく。
最初は静まり返っていた貴族たちが、次第に真剣な眼差しを向け始めた。
発表を終えると、しばしの沈黙。
だがその直後、
「――素晴らしい!」
と誰かが拍手を送る。
その拍手が波のように広がっていき、講堂を満たした。
アメリアは深く頭を下げた。
そして顔を上げたとき――
観客席の奥に、懐かしい金の瞳が見えた。
セイリウス・クロウフォード。
彼は静かに立ち上がり、壇上の彼女に一礼した。
その仕草は、まるで“過去のすべて”に敬意を示すようだった。
発表の後。
人々の歓声と称賛が続く中、アメリアは廊下の片隅でそっと息を整えていた。
すると――
「やはり、君は変わったな」
低く落ち着いた声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにセイリウスが立っていた。
以前より少し柔らかい表情で、だが相変わらず威厳のある佇まい。
「セイリウス様……」
「辺境での生活は、君を強くしたようだ」
「いえ……みんなのおかげです。
私はただ、目の前の人を助けたいと思っただけで」
「その“想い”こそが、王国に必要な力だ」
セイリウスの瞳が、真っ直ぐにアメリアを見つめる。
「君を追放した時、私は間違っていた。
あの時の私には、君の本当の強さが見えていなかった」
アメリアは静かに首を振った。
「……いいえ。あの過去があったから、今の私があるんです」
「そうか」
セイリウスは微かに笑い、ポケットから小さな瓶を取り出した。
「これを見てほしい」
瓶の中には、淡く輝く液体――“癒光液”の改良版だった。
「君の理論をもとに、私の研究班が試作したものだ。
だが、まだ安定しない。……君の意見が必要だ」
アメリアは瓶を受け取り、光に透かした。
「……少し魔力濃度が高すぎますね。
でも、調整すれば成功します。これはきっと、王都の医療を変える薬になる」
セイリウスは深くうなずいた。
「では、共に仕上げよう。君と――再び」
アメリアの胸に、静かに灯がともる。
「……はい。喜んで」
夜、学術院の庭。
灯火が揺れ、噴水の水音が響く。
二人は並んで歩いていた。
「君の発表、素晴らしかった」
「ありがとうございます。……でも、緊張で足が震えていました」
セイリウスがふっと笑った。
「君が震えているようには見えなかった。
堂々としていて――まるで“光”のようだった」
アメリアは頬を染めた。
「そんな……でも、ありがとうございます」
風が吹き、彼女の髪が揺れる。
月明かりの下、薬草の香りがほんのりと漂う。
セイリウスが一歩近づき、静かに言った。
「アメリア。
君がいなければ、この王都は癒されない。
これからも、共に歩んでくれるか」
アメリアは驚きに目を見開いた。
それはまるで、再び差し出された“運命”の手。
しかし今回は、恐怖ではなく――希望で胸が満たされた。
「はい。
……私の薬草と、この手が、誰かを救えるなら」
セイリウスは満足そうに微笑んだ。
そして二人は、静かに月を見上げた。
それは、かつて別れた夜と同じ月。
けれど今、その光は二人を包み込む“新しい始まり”の光だった。




