第100話 「選び直す未来」
朝は、いつも通りに始まった。
薬草園に光が差し込み、露をまとった葉が揺れる。
誰かが棚を確認し、誰かが土を返す。
指示はない。
号令もない。
それでも、動いている。
アメリアは、その景色を静かに見渡した。
百話分の時間が、ここに積み重なっている。
「感慨深いか?」
ルシアンが、隣に立つ。
「少しだけ」
アメリアは笑う。
「でも、不思議と区切りって感じはしないの」
「終わりじゃないからな」
「ええ。むしろ――」
言葉を、探す。
「選び直す、感じ」
かつての彼女は、ただ生き延びるために動いていた。
追い出され、捨てられ、
自分の居場所を守ることで精一杯だった。
それがいつの間にか――
守るだけではなく、育てる側になっていた。
そして今。
守らなくても、回る。
支えなくても、立つ。
ならば、自分は何を選ぶのか。
昼。
アメリアは、皆を集めた。
大げさな宣言ではない。
ただ、静かな報告。
「これからも、この形を続けるわ」
ざわめきはない。
「でも、私は少し外に出ようと思うの」
今度は、小さなどよめき。
「視察や指導じゃない」
「学びに行くの」
ルシアンが、目を細める。
セイリウスは、何も言わない。
ただ、聞いている。
「この辺境は、もう私一人のものじゃない」
「だからこそ、私は私の役目を選び直したい」
広げるためでも、誇るためでもない。
ただ――
止まらないために。
「戻ってくるわよ?」
誰かが不安そうに言う。
アメリアは、優しく頷いた。
「もちろん。ここが、私の場所だから」
夕方。
荷物は、少ない。
大げさな旅立ちでもない。
期限も、決めていない。
「逃げじゃないな」
ルシアンが言う。
「ええ」
「進むだけ」
セイリウスが、静かに付け加える。
「成熟の、次の段階だ」
夜。
辺境を振り返る。
灯りが、あちこちにともっている。
誰かの声が、遠くで響く。
もう、守るために立ち向かう必要はない。
もう、一人で抱える必要もない。
だからこそ。
「……私は、私の未来を選ぶ」
小さく呟く。
それは、宣言ではない。
決意でもない。
ただの、確認。
百話分の歩みの先にあるのは、
新しい章。
守る物語から、
選び続ける物語へ。
アメリアは、一歩を踏み出した。
夜風が、背中を押す。
辺境は、動いている。
彼女もまた――
止まらない。




