SECTION-1 CASE-3 前編
2025/10/21リーチアンの事件について時刻をわかりやすくしました。
プロメシア島は企業に支配された末法地帯である。
だが、完全な無法ではない。
企業の台頭に後れを取りながらも、この島の領有権を国際的に認められた国家があった。
──アメリカ合衆国である。
アメリカは治安維持を名目に「プロメシア準州対応機構(PTRA)」を編成し、以後これを拡充し続けてきた。
軍と警察を掛け合わせたようなこの組織は、島内の数少ない“秩序”を形づくっている。
█プロメシア島 セクター:01 ワシントン街区 PTRA ワシントン支局█
「……はぁ、怪死事件の捜査ねぇ」
着崩したスーツ、くしゃくしゃに乱れた短髪と無精ひげ──いかにも冴えない中年男が、上司から告げられた厄介事に、心中どころか顔にも露骨なうんざりを浮かべている。
「露骨に嫌そうな顔をするなデッカード。この件、被害者の数が増えてるんだ。PTRAとしても、本腰を入れて捜査にあたる必要がある」
「それで選ばれるのがオレか?勘弁してくれ。去年腰をやってるから本腰入れると再発する」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行け。……あぁそうだ、今回、お前に1人つける。第2小会議室にいるはずだ」
「なんだ?嬢でも当てがってくれんのか?」
「早く行け」
冴えない中年男ことマイルズ・デッカードは、ボリボリと後頭部を掻きながら部屋を出る。
「あれで真面目でいてくれたら、オレとしても楽なんだがな……」
デッカードの上司は、彼が出て行った扉を見つめながら独り言ちた。
「マイルズ・デッカード特務捜査官ですね。本件で補佐を担当します、現場情報分析官のジョッシュ・パーカーです。よろしくお願いします」
デッカードが上司に言われて向かった先にいたのは、年若い、清潔感のある青年だった。
「FIA?新人か?」
「FIAになって3ヶ月です」
「新人ってことだろ」
会議室の机の上には、事件に関するデータスパインが何本か用意されていた。デッカードは、その中の一つを適当に取り出し、コネクタに挿そうとする。
「待ってください。こちらに情報をまとめたチップがあります。どうぞ」
ジョッシュは手元にあるデータスパインを取り出すと、デッカードに差し出した。
「……。お前が作ったのか?」
「はい。先ほどまとめておきました。そのままブリーフィングをしてしまいましょう」
毅然と差し出すジョッシュに、デッカードは疑わしげな視線を投げたが、無言で受け取り、コネクタへ挿した。
直後、二人の視界にニューロリンク経由のARエビデンスボードが展開される。新人にしては驚くほど整然としたエビデンスボードだ。
「FIAになる前は何をしていたんだ?」
「内勤のプロファイラーとして3年ほど」
「そういうことかよ」
ジョッシュはそんなデッカードの言葉を聞き流すかのように、エビデンスボードを使ったブリーフィングを始めた。
「事件の発端は1週間前。セクター1のニューシカゴに住む男性、アダム・オコナー27歳が自宅で死亡しているのが発見されました。遺体は陰茎がひどく損傷しており、死因は失血性ショック死」
ジョッシュの声に合わせて、デッカードの視界に、被害者とされる男性の写真が映し出される。
「陰茎ねぇ」
デッカードがふと言葉を漏らす。
「はい。FIAの方で撮影された画像がありますが、確認し──」
「やめろ、どうせこのあと生で見ることになる」
呟きに反応したジョッシュだったが、デッカードは即座に拒否した。
ARは視覚情報と違い、電脳に直接イメージが刷り込まれる感覚がある。ただでさえあまり見たくもない物が、しかも著しく損傷しているという状態で、脳内に直接現れるのだ。
ジョッシュもそれを分かっているので掘り下げず、ブリーフィングを続けた。
「3日前、同じくセクター1のニューシカゴで同様の遺体が発見されました。被害者はマイケル・オリバー32歳。死因は同じく失血性ショック死、遺体の損傷箇所も同じです。そして3時間前、セクター1、今度はロス・マリポーサスにて、被害者は現地在住のリー・チアン。」
「中国系か」
「はい。あの辺りは歓楽街なのでこの島でも特に人種が入り乱れています」
「……それで俺が呼ばれたわけか。めんどくせぇ……」
プロメシア島はその成り立ちから、人種どころか国籍すら複数存在するカオス社会が構成されている。
アメリカ国外の人間も島に居住を許されているが、代わりに何かしらの事件に巻き込まれた際、横紙破りの特権を持った捜査官による捜査を全面的に受け入れなくてはならない。
この、”特権を持った捜査官”というのが、特務捜査官、つまりデッカードを含む数名なのだ。
「とりあえずロスに行くぞ。」
「わかりました。15号車が空いているので、それを──」
「待て。1から5号車に空きは?」
「……?ありますが、あれは一般の、それも型落ち車両ですよ?」
「走るんだから問題ねぇよ。それに15号車は最新の特殊車両だろ?向こうに行ったとき、変に周りを刺激する」
「なるほど、それならば4号車に空きがあるので、それを予約します」
「ああ」
2人は第2小会議室を後にした。
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