第九十五話 トワとアヤメの試練その三~黄龍との邂逅~
ワルツブルク王国葉隠れの里南東に位置する霊峰黄山。
土行の聖獣黄龍が奉じられしこの地の頂上にて。
「ここが……黄龍の……」
「凄い魔素さね。他の聖獣と比べても頭一つ飛びぬけているよ」
『悪趣味な祠ですね。神に通じる道が金ぴかだなんて』
トワ達の目の前に広がるのは、荒涼とした岩肌に佇む小さな祠。
縦、横、高さはそれぞれ一メートル程度だろうか。
その装飾は規模と不釣り合いなほど、華美にして豪華絢爛。
ただし、神の力が宿る場所としてはあまりも世俗的。
祠の中央に安置された黄金の龍の彫像が俗っぽさに拍車をかける。
『その忌々しい声は……』
不意にトワ達の耳に底冷えするようなおどろおどろしい老人の様な様な声。
様なと形容したのは、老人と言うにはあまりに妖怪じみた不気味さを放っていたからだ。
怨念に似た感情が泥の様にトワの耳にこびりつき、酷く不快な気持ちを抱かせる。
『相変わらず辛気臭い声ですね。いるのなら顕現しては如何ですか?黄龍』
ウンディーネの挑発に呼応する様に、悪趣味な黄金龍の彫像が禍々しく金色の光を放つ。
『ウンディーネ……かつて光り輝いていた我らの大地を穢した忌まわしきシュターデンの眷属』
彫像の光が消えると同時に空を不吉な雷雲が立ち込める。
怨嗟の声と共に黒雲の中から姿を現したのは、空を埋め尽くさんばかり巨大な金色の龍。
その姿は荒々しく、その瞳にはどす黒い憎しみが満ち溢れていた。
「これが……黄龍だって……」
その禍々しい姿にアヤメが唖然とする。
自分が求めていた土行の聖獣が悍ましい化け物だった事が、余程ショックだったのだろう。
「ちょっと!シュターデンがルミナスを穢したってどういう意味よ!」
呆然とするアヤメとは反対に、トワは頭に血が上っていた。
自身が敬愛するご先祖様シュターデンが訳の分からない怪物に侮辱されたのだ。
常人ならば身が竦む威圧感を放つ黄龍に、噛みつくほどには怒り心頭なのだ。
『威勢のいい小娘だな。名は?』
「あんたみたいな化け物に教えてやる名なんて無いわよ!」
無知な子供を鼻で笑う様な黄龍にトワが啖呵を切る。
『全くクソ生意気なガキだ。オールドライフの小娘を思い出す』
「さっきから何をわけ分かんない言ってんのよ。あんたあれでしょ?他人に物事を説明するだけの脳みそと語彙力持ってないから、所構わず周りを威嚇して自分が強くなった気でいるパワハラ親父タイプでしょう!そういうの知能指数の低さが露呈してみっともないわよ!」
『くっ、この馬鹿娘……言わせておけば……』
「アァン!何?図星刺されて逆切れしてんじゃないわよ!ねぇ、知ってる?馬鹿って言う奴が馬鹿なのは、馬鹿以外の罵倒を知らない無知蒙昧だからよ」
『くぅ……己、小娘!』
「相手が子供だからって見下す態度も大人げなくてマイナスね。それで優位に立ったつもり?ウンディーネが言った通りね。歳喰ってるだけの老害で、生きてる価値無いから死んじゃったら?」
トワの悪辣な言葉に、威圧的だった黄龍がワナワナと震える。
本来のトワは明るく善良な少女だが、その実、子供らしからぬ知性と戦士としての攻撃性と防衛本能、そして子供らしい残酷さを持ち合わせている。
今までただの明るい少女に見えていたのは、攻撃性と残酷さを使う機会が無いくらいレイ達が善良だったからだ。
トワが魔法学校で他の生徒に恐れられ、一匹狼だった理由がこれだ。
『ふっ……ふふっ』
怒りで我を忘れたトワの耳元に楽しげに笑う声。
そちらに目を向けると口を押えて、必死に笑い声を噛み殺すウンディーネの姿。
『ふふふっ……最強の聖獣、最古の守護者黄龍もトワ様の前では形無しね』
ウンディーネが心底愉快そうに高笑い。
『アヤメ様。トワ様の言う通り、黄龍は他の聖獣達と違って頭の悪い老害なの』
ウンディーネは水の刀を構え、その切れ長の瞳で黄龍を真っ直ぐ見据える。
「……どうやらその通りの様さね」
ウンディーネの隣でギラニウム刀を構えるアヤメ。
黄龍を睨み付ける黒曜石の瞳には強い闘志。
『粋がるなよ、女ども!我はこの星を守り続けてきた守護者!貴様ら如き矮小な路傍の石など瞬く間に駆逐して見せるわァアアアアア!』
轟く咆哮。
響き渡る雷鳴。
怒れる金色の龍は、怒りと憎悪でその姿までもどす黒く変色する。
『来ますよ!トワ様!アヤメ様!』
「分かってるさね!トワちゃん!準備はいいかい?」
「当然!ああいう分からず屋は一度ギッタギタに叩きのめして、立ち場ってヤツを分からせてやらないと!」
トワは怒りを力に変え、漆黒の龍を睨み付けた。
稲光を合図に、少女達と最強の聖獣との闘いのゴングが鳴り響いた。




