第九十三話 トワとアヤメの試練その一~流れ着いた先は~
またまた所変わって、王国の某所。
レイ達がノームの昔話に付き合わされている頃と時を同じく。
トワ達は険しい山中を彷徨っていた。
「ねぇ、アス。こっちで合ってるの?」
『肯定。この先に濃密な魔素の反応あり』
『そうなのですか?この辺には四大精霊はいなかったと思いますが』
事の発端はアスの一言だった。
ウンディーネの特訓で王国に流されたトワが、元居たウンディーネの洞窟に帰ろうとした矢先、アスのレーダーに高密度の魔素が反応したのだ。
その報告を受け、トワは特訓を一時中断し、魔素調査をしようと提案した。
尤も、特訓を中断しようと隣にはウンディーネがいるわけだが……
『トワ様。一応私はまだ正式にトワ様と契約しておりませんので。イフリートと違ってトワ様の意思で出したり引っ込めたりはできませんよ』
「分かってるよ、そんな事。でもそれならなんでわざわざアタシと一緒にいるわけ?」
『嫌ですか?鬼ババアと一緒にいるのは?』
「滅相もございません!」
ウンディーネのうすら寒い笑顔に、トワが脊髄反射的に土下座。
少女はたった二日ほどで、完璧に調教されていた。
『まぁ、魔素調査には私も賛成です。こういった場所には聖獣とか英霊がいる事もありますし。ちょうどいい特訓相手になってくれるかもしれませんから』
ウンディーネの鬼教官としての表情が顔を出す。
その恍惚した面構えにトワの背筋に寒いモノが走る。
「ん?そこにいるのは……トワちゃん!」
不意に背後から聞き覚えのある賑やかな女性の声。
トワが振り返るとそこには……
「アヤメお姉さん!どうしてここに?」
破顔して手を振るのは葉隠れのくノ一陰陽師。
カラスの濡れ羽色の美しいロングヘアをなびかせるアジアンビューティー。
妖艶な身体に密着した黒の忍び装束は、全く露出が無いのにボディラインを強調して逆に扇情的。
見た目は何処からどう見ても大人の女性なのに、中身は何処か子供っぽい自称お姉さん(笑)
「どうしてって、あんたこそどうして黄山なんかにいるのさ?しかもレイ君も連れずに隣には新しいお仲間」
「黄山?」
首を傾げるトワに、アヤメは呆れた様な表情を浮かべる。
「なんだい?もしかして迷子かい?それならしばらくここでじっとしていた方がいいさね。レイ君のれーだーならすぐに見つけてくれるからさ」
「もう!アヤメお姉さん!アタシ迷子じゃないよ!」
「またまた強がっちゃって。大丈夫だって。レイ君には内緒にしておいてあげるから」
「人の話を聞けぇえええええええ!」
ニコニコと笑顔のアヤメがトワの頭を撫でる。
トワは完全に子ども扱いされた事にプンプンと頬を膨らませる。
この自称大人のお姉さんは時々こうやって無駄なアピールをするから困る。
『あらあら、楽しそうですね……アヤメ様、で宜しかったでしょうか?』
賑やかなに談笑する二人に、割って入るにこやかな声。
「えっと。そうですけど、どちら様で?」
アヤメは水色の透き通った身体をした妖艶な美女に恐る恐る聞き返す。
『これは失礼しました。私はウンディーネ。トワ様の精霊をさせて頂いております』
「ウンディーネ……水の四大精霊!」
『はい。世間様ではそう呼ばれております』
柔らかな笑みを湛える本物のお姉さんに、アヤメは驚愕の声を上げる。
「トワちゃん。まさかこんな短時間で水の四大精霊と契約するなんて……」
「まだ仮……だけどね」
興味深げにウンディーネを覗き込むアヤメに、トワが引きつった笑顔で答える。
「しかし、イフリートが厳つい魔人だったから、どんなおっかないヤツかと思っていたけど、美人で優しそうな人さね」
『あら、アヤメ様はお世辞がお上手なのですね』
「世辞じゃないさね。あたいそういうの苦手だから」
笑顔でアヤメと談笑するウンディーネの瞳にトワが震え上がる。
あれは余計な事は言うなよ、という圧力だ。
鬼ババアの要望に応えて、トワが黙っていると……
「さっきの話の続きだけど、トワちゃんはなんでここにいるのさ?」
首を傾げて再度聞き返すアヤメに、トワがこれまでの経緯を語る……
「えっと、つまりウンディーネとの訓練で連邦からここまで流されたと……」
「まぁ、平たく言えばね……」
アヤメがトワとウンディーネの顔を交互に見比べながら、引きつった表情を浮かべる。
「そういうアヤメお姉さんはなんでここに?」
今度はトワがアヤメに聞き返す。
「よくぞ聞いてくれました!あたいはこの黄山で土行の聖獣黄龍と契約に来たのさね!」
アヤメが得意げに無駄にデカい胸を張る。
そんな彼女を余所に、トワは首を傾げる。
『黄龍とは陰陽道の土行を司る聖獣の事です。その力は五行の聖獣最強と謳われており、契約が最も困難な聖獣です』
「おぉ!水の精霊さんは陰陽道にも詳しいのかい」
『まあ、黄龍とはそれなりに縁がございまして』
感心して息を漏らすアヤメに、ウンディーネが控えめに微笑みながら応じる。
どうやら今の彼女はかなり上機嫌の様だ。
普段の特訓では見せない心底嬉しそうなその表情が全てを物語っている。
トワは二人の会話に水を差さない様に静観を決め込む。
『そうだ!いい事を思いつきました!』
不意にウンディーネがポンと手を打つ。
その満面の笑みに嫌な予感が頭を過る。
あれは間違いなく、ろくでもない事を思いついた顔だ。
「いい事って何さね?」
背中に冷や汗をかくトワの心情を露とも知らず、アヤメがウンディーネに問いかける。
『アヤメ様。もし宜しければ黄龍の契約ですけど、私達にも手伝わせて頂けませんか?』
「……いいけど、大丈夫なのかい?」
ニコニコと提案するウンディーネに、アヤメが心配そうに問いかける。
『もしかしてアヤメ様は五行相剋、五行相生について心配されていらっしゃいますか?』
「……驚いたね。そんな事も知っているのかい」
「五行相……?」
アヤメはウンディーネの博識に舌を巻く。
五行相剋、五行相生とは陰陽道における五行の相性。
今回相手をする黄龍は土行。
五行において、土行は水行に強く、火行によって力を増す。
つまり、ウンディーネとイフリートの双方と相性が悪いのだ。
流石のトワもマイナーな魔法である陰陽道については深い知識は無かった。
頭に疑問符を浮かべていると、得意げにウンディーネがレクチャー。
「あたいとしてはトワちゃんの助力はありがたいんだけど……」
アヤメは渋い表情で躊躇う。
陰陽道において、五行の相性は勝敗を大きく左右する。
しかもここは黄龍の聖地である黄山。
陰陽道の特性がより色濃く現れる地だ。
『ご心配には及びません。水侮土という方法がございます』
「……サラッと恐ろしい事を言うね。流石、四大精霊様は剛毅でいらっしゃる」
水の精霊様の笑顔に、アヤメの顔が盛大に引きつる。
水侮土とは、強すぎる水は土を凌駕するという意味。
すなわち、圧倒的力業で土行の聖獣黄龍をねじ伏せようというのだ。
会話の内容が分からないトワも、アヤメの説明を受け、彼女と同様の表情を浮かべる。
『さぁ!いざ参りましょう!黄龍のクソジジイをしばき倒しに!』
困惑する二人を無視して、ウンディーネが元気溌溂に声を上げる。
「トワちゃん、四大精霊って意外と行動的なのさね」
「……今、アヤメお姉さんが大人なんだなぁって初めて思ったよ」
的確に言葉選びをするお姉さんに、トワが疲れた声で呟く。
こうして、トワの特訓兼アヤメの聖獣契約のミッションが開始された。




