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第九十一話 ノームとの契約者

 救星の旅三十一日目、昼過ぎ。

 所はノームの聖殿。

 ファラリスを撃破し、人質になっていた子供達をグェインに保護して貰った後、レイ達は再びノームに呼び出された。


『地底蟻の討伐大儀であった。褒めて遣わすぞ、『救星の種』とその従者達よ』

「……」「……」「……」「……」


 上機嫌のノームがふんぞり返りながら、下々の者にお褒めの言葉を下賜。

 このやり取りがアスを通して、ウンディーネに漏れている事をもう忘れてしまったのだろうか?とレイは思わず絶句。

 この場にいる者全員が耄碌精霊の余命を案じる中、自分の生命の危機に気付いていないノームが言葉を続ける。


『あの地底蟻共はこそこそと余の民をさらっては惨い仕打ちをしておった。余も可能な限り妨害はしておったが、何分小賢しいヤツだった故、完全には防ぎきれなんだ』


 耄碌ジジイ(ノーム)はファラリスへの怨嗟の声を悔しそうに吐き捨てた。

 きっとこの地を守護する者の責任感から来る言葉だろう。

 レイも感じ入るところが無いわけではないが……


『少し昔話に付き合ってくれぬか』


 レイは目の前のクソジジイに対して、心の中で盛大に毒づいた。

 宇宙艦隊時代に培われたクレーム対応のアンテナが全力で警鐘を鳴らしていた。

 これは間違いなく、ダラダラと自分の昔話を語り悦に浸る老いぼれのパターンだ。

 この手の輩に絡まれると大量の時間と体力を浪費する羽目になる。

 だが……


「どのような話でしょうか?ノーム様」


 いつも通りの笑顔で聖職者のクオンがノームに話を促す。

 聖職者の彼は話し相手になって()()()気満々のようだ。


「ノーム様。誠に恐縮ですが、立ちっぱなしで話を聞くのは中年には堪えますので、その辺に座っても宜しいですか?」

『構わぬ。余は寛大故、その程度は許そう』

「ははっ!ありがたき幸せ!」


 セツナが腰を押さえる仕草をしながら、祭壇付近の朽ちかけた石椅子を指差す。

 口先だけは恭しいがその引きつった表情から、長話の回避を諦めている様だ。


「レイ君。相手は四大精霊。下手に機嫌を損ねると面倒くさいし、大人しく従いましょう」


 大人の女性カリンがレイにボソリと耳打ちした後、その手を掴み椅子へと誘う。

 全員が固い椅子に座った所で、咳払いが一つ。

 結局、何のために呼び出されたか分からないまま、レイ達はノームの長話を聞く羽目になった。



『あれは今からおよそ三千年前。余がまだこの国の王だった時の話じゃ』


 ノームが目を瞑りながら、懐かしそうに語る。

 だが、その言葉に全員が首を傾げた。


『そういえば、巷ではワルツブルクの初代国王と土の四大精霊が契約した事になっておったな。実際は初代国王である余が()()()()と契約し、土の四大精霊になったのじゃ』


 レイは好奇心で目を見開いた。

 クレーム対応時の死んだ魚の様な目に光が戻る。

 退屈な老人の自分語りを聞かされるとげんなりしていたところに、精霊誕生秘話。

 魔法に強い興味を持つレイにとってはまさに僥倖。

 そして何より気になるのは……


「ノーム様。()()()()とは?」


 レイはキラキラと目を輝かせながら、前のめりで話を催促する。


『これこれ、慌てるでない。話は順を追ってじゃな』


 気を良くしたノームが得意げに語り出す。


『余の人間としての最後はちょうどこの下じゃった』


 ノームは地下空洞を指し示しながら苦笑いを浮かべた。


『あの時、余は八人の精鋭を引き連れ、この地に出来た地割れの調査をしておった。地割れの原因は言わずもがな……余は地中深くから現れた無数の鋼鉄蟻を前になす術なく蹂躙された』


 人間だった頃のノームを含めて九人。

 シュターデンの呪いを鑑みての人選だったのだろう。

 だが相手は空の悪魔であるファラリスとヘルスパイダー。

 質、量、共に圧倒的に上回る敵に、流石の精鋭部隊も太刀打ちできなかったのだろう。

 まさかシュターデンもこんな形で呪いが裏目に出るとは思っても見なかっただろう。


 レイは息を呑みながら、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべるノームの言葉を待った。


『あの時、余は既に息絶えていたと思う。精神だけになった余は、部下達を生け捕りにする鋼鉄蟻共を眺めながら己の無力を呪った。そんな時に現れたのじゃ……()()()が!』


 ノームが感極まった声で叫ぶ。

 それはまるで神を賛美するような声だった。


()()()はちょうどうぬらのような、グラーフ族の衣装をまとった老人じゃった。()()()は余の身体を修復し、慈悲に満ちた瞳で地底蟻に汚された余の顔を拭いながらこう言った。『申し訳ない。あなたがこの場で崩御される事は歴史で決定していた事だったので、変える事ができませんでした。だがこの後の未来はあなたの意思で変える事ができます。部下を、国を、家族を救いたいと願いますか?』っとな』


 この場にいる者全てが息を呑んだ。

 グラーフ族の衣装をまとった不思議な老人。

 四大精霊ノームを生み出した()()()

 全員がある人物の名前を連想した。


()()()は自分の事をマオと名乗った。だが余には分かる。()()()()は間違いなく……』


 ノームは声を詰まらせた。

 言いたくても言えない。

 無理矢理口を塞がれた様な、息を吐きたいのに吐けない時の様な、そんな苦し気な印象だった。


 だがそんなノームよりも更に驚愕している者が一人。

 レイの隣には顔面蒼白のクオン。


「ノーム様。マオと言う名前に間違いありませんか?」

『……あぁ、間違いない。余はあの日の事を片時も忘れた事はない』


 震える声の問いかけに、ノームが息を整えながら断言した。


「クオンさん。マオとはシーサーペントからみんなを救ってくれた、あの……」

「はい。間違いなく同一人物でしょう」

「おい!待て!お前さん達、そのマオって爺さんに会った事があるのか!」

「はい……正確には私とトワ様とアヤメ様の三人ですが……」

「つまりそのマオさんは時を越えているって事……そんな事できる人間なんて……」


 全員の想像が確信へと変わった。


 シュターデンはマオと名乗りこの時代にいる。


『コホン!話はまだ途中じゃ』


 大きな咳払いが一つ。

 混沌とする空気に静寂が戻り、険しい顔のノームが言葉を紡ぐ。


『余は()()()()の言葉に頷いた。無力な己のせいで妃や王子、そして我が民を失うなど想像するだけで耐え難かった。余は藁にも掴む思いで()()()の差し伸べる手を取った。

 すると、余の身体を黒い(もや)……濃密な魔素が包み、余の身体を魔素そのものへと作り替えた。こうして精霊ノームは誕生した』


 黒い靄……おそらく観測者の事だろう。

 イフリートの話を聞いた時も感じたが、マオは観測者を完全に掌握していると推測できる。

 つまりマオ……シュターデンは宇宙艦隊を撃退し続けたバグと同等以上の力を有している事になる。


 レイはこの時、いくつかの疑問が頭の大部分を占めていた。


『その後じゃが……』


 ノームの鋭い声に我に返る。

 どうやら、目の前の王は話の最中に余所事を考える不届き者に大層ご立腹の様子。

 レイは思考を一時中断し、ノームの言葉に耳を傾ける。


()()()は地上に這い出た鋼鉄蟻を殲滅し、連れ去られた部下達を傷一つない状態で取り戻してくれた。余は城に残っていた王子……息子と契約し、鋼鉄蟻共が開けた大穴を四大精霊の力で封じた。その時からじゃな。我が王国にシュターデン教が普及し始めたのは』


 レイは王国と公国が不仲な理由に得心した。

 王国は直接シュターデンに国の危機を救われている。

 つまり王国人にとってシュターデンは、救国の英雄であり、現人神なのだ。

 神は別にいて、シュターデンと大公を同格とするリシュタニア教会に反発するのは、こういう歴史的な背景があったからなのだ。

 そんな歴史に想いを馳せていると……


「ノーム様。我々がここに呼ばれた理由を伺いましても?」


 今がチャンスとばかりに、鋼鉄の笑顔を張り付けたクオンが問いかける。

 どうやら彼は話が横道に逸れるのを恐れている様だ。

 その証拠にノームには見えない側の左頬がこれでもかというほど引きつっている。


『おぉ!そうじゃった!余がうぬらを呼んだのは、契約者を決める為じゃ……』


 そこでノームは不満げに首を傾げる。


『うぬら。どいつもこいつも余の力を預けるにはキャパシティ不足じゃな。シルフと仮契約するだけで全キャパシティを使い切っている草の民。神の権能を二つも授かっている神官。最後に魔法の素養ゼロの『救星の種』。仮契約をするにしてもこれでは……』


 ノームは困り果てた苦い声を漏らす。

 自分が約束した手前、なんとか契約したいのだろうが目論見通りにはいかなかったようだ。

 頭を抱えるノームを余所に、悪気無しでナチュラルにディスられた一同の視線が冷たい。

 そんなぎこちない空気の中、良い意味で空気を読まない機械音声が響く。


『土の四大精霊ノームに質問。キャパシティについて不明な点がいくつかあるが、ルミナスで魔力と呼ばれている強力な脳波と同じ波形を発する事ができれば契約は可能か?』

『なんじゃ……『救星の種』の精霊モドキか?偉そうに』

『ウンディーネ』

『うぅ!』


 事務的な問いに不満を持ったノームだったが、アスの一言に震え上がる。

 この老人にとって、ウンディーネはよっぽどトラウマなのだろう。

 先ほどまでの威勢は何処へやら。

 頭を抱え、必至に言葉を探りながら、振り絞る様に返事を口にする。


『疑似的な魔力で、余と意思疎通できるなら仮契約は可能。つまりアス殿()とならできるという事じゃ』


 あからさまに丁寧な態度でノームが応じる。

 その変わり様にこの場にいる者全員が、ノームに対する冷たい視線を強める。


「それではノーム様。アスと仮契約して頂いても」

『お止し下され!レイ様!余を殺す気か!』


 そんなにウンディーネが怖いか?

 この老人は気付いていないのだろう。

 怯えた態度でウンディーネのイメージを低下させる事こそ、彼女の逆鱗に触れるという事実に。

 レイは目の前の老人がほんの少し憐れに思えた。


(アス。君の方でウンディーネをなだめてくれないか。自分は耄碌ジジイの妄言に耳を貸していないと)

(了解。ウンディーネにはそのように伝えておきます)


 これで少しはマシになるだろう。

 レイは僅かに心を軽くしながら、ノームに再度問いかける。


「ノーム殿。アスと仮契約して頂けるという事で宜しいですね」

『勿論じゃ!』


 勢い込んだノームが首を縦のブンブン振る。


「それから本契約についてですが……」

『イフリートとウンディーネの契約者トワじゃろ。あの二柱と契約するような祈祷師相手では流石の余でも太刀打ちできまい。今回の件もあるし、正式に顔合わせした時にやってやらんでもない』

「ありがとうございます。ノーム殿」


 どうやら丁寧な態度は長続きしない様だ。

 相変わらず偉そうな口調だが、どうにか当初の目的は達成された。

 レイはホッと胸を撫で下ろしながら、偉大なる土の四大精霊に頭を下げた。

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