第九十話 他力本願
「クオンさん……聞こえますか」
黒と銀で塗り潰された視界の中、目を覚ましたレイが真っ先に浮かんだのはクオンの顔だった。
『レイ様ですか!どうなっているんですか!』
憔悴しきった声。
先ほどのディスプレイの映像が本当なら、クオンはまだプラントの出入り口に入るはず。
通信越しに聞こえる石壁を殴りつける鈍い音が痛々しい。
早くここから出なくては……
でも……
「単刀直入に言います。自分は今身動きが取れません。だから……」
総重量数百トンを超える圧力を前に、パイロットスーツの損傷が著しく、ほとんど役に立たない。
どうすればいいかと暗中模索した結果、レイが行き着いた答えは……
「クオンさん。助けて下さい」
レイは初めて人を頼った。
完全に無策だった。
おそらく両親やゲイリー=アークライトにも、直接助けを求めた事はなかっただろう。
『…………』
返って来たのは沈黙。
他力本願な自分にクオンは呆れてしまったのかもしれない。
「石壁はノームに開けさせます。でも自分に伸し掛かる瓦礫はどうにもできません。だから……」
それでも他にできる事は無かった。
『どこを掘ればいいですか?』
それは驚くほど澄んだ声だった。
異性なら百パーセント魅了されるであろう、クオンの柔らかい美声から感じ取れる感情は小さな呆れと大きな安堵。
レイは心から思った。
この人が自分の友で良かったと……
「アスの指示に従って下さい」
レイは相棒と親友に全てを託した。
他者に頼れるという事実が、これほど心地良いモノだと生まれて初めて知った。
ガラガラと岩盤が崩れ落ちる音が響く。
アスの指示でノームが入り口を塞ぐ岩盤を取り除いたのだろう。
それから数秒の間を置き、通信機越しにクオンがささやく。
『レイ様。少し騒がしくしますが、お許し下さい』
クオンらしからぬイタズラっぽい声と共に、眩い光が暗黒の洞窟を埋め尽くす。
『〈召喚『神の光』ウリエル〉!』
視界が白い閃光で満たされる中、瓦礫がドカドカと飛び交う音が轟く。
「アス、状況説明」
『了解。クオン様の映像をディスプレイに表示』
パイロットスーツのヘルメットに映し出されたのは、ラファエルよりも幾分か男らしい四枚羽の光り輝く天使。
そして天使の光を受け、怪力無双の力で瓦礫を次々に投げ飛ばすクオンの姿。
『今のクオン様は、天使の力によりコンバットモードと同等の身体能力を有していると推測』
「『神の薬』ラファエルと同等の神の権能というわけか……」
『肯定』
レイは驚愕した。
コンバットモードは常時使用する為、ありがたみを感じる場面は少ないが、技術的な困難さはビームブレイドやフォトンガンの比ではない。
本来、コンバットモードとは使用者の能力をナノマシンで強化するのに加えて、パイロットスーツで機械的に補助する事で、身体能力を数倍に高める技術だ。
だが、クオンはパイロットスーツの補助無し。
魔素のサポートだけでそれを実行しているのはまさに奇跡だ。
レイ持ち前の魔法への好奇心と、クオンへの尊敬の念が膨れ上がる。
『レイ様。感心して頂いたところ恐縮なのですが、このウリエルはまだ未完成でして……』
レイの内心とは裏腹に、クオンの口からは苦々しさが浮かぶ。
『本来、ウリエルは自軍の全てに超人的な力を与える大天使です。私は授かったばかりの未熟者ですから自分しか強化できない……』
もし本来の力を引き出せていれば、友をこんな窮地に追いやる事は無かった。
クオンは言外に懺悔しているようにレイは思えた。
「クオンさん……ありがとうございます」
だからレイは……飾らない本心を伝えた。
今のクオンにはどんな論理的な弁明も無意味だ。
ラファエルで治療をし続けてくれたからレイは生き永らえているとか、ウリエルの力のおかげで救出して貰えているとか、そんな理屈は彼の心には響かないだろう。
彼は自分と一緒で、変な所で頑固な部分がある。
だから感謝の気持ちだけ伝えた。
『……ありがとうございます』
ため息と共に返って来たのは、お礼の言葉と瓦礫が吹き飛ぶ音と……光の中で差し伸べられたボロボロになった繊細な指先だった。




