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第八十八話 卑劣で邪悪な臆病者

 厚い岩盤で閉ざされた世界。

 自らの眷属がガラガラと崩れ去る音と反響する爆発音。

 『シュターデンの種』レイ=シュートが、少女の作った理想郷(ディストピア)を破壊する音。

 『拷問狂』ファラリスは、目前に広がる暗闇の様な絶望感に打ちひしがれていた。


(ヤダ……死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


 それは今まで玩具にしてきた子供達が苦痛と共に叫んだ言葉と同じだった。

 青白く光るパイロットスーツから放たれる無数の光線が黒のヘルスパイダーを打ち抜き、煌めく剣閃が銀のヘルスパイダーを切り裂く。


(嘘だ!ヒドイ!あり得ない!データと全然違う!どうして私がこんな目に……)


 道中で戦った時の数倍する戦力で応戦するも、蜘蛛達の攻撃は当たる気配すらない。

 動きの速さも反応速度も、今までとは全く別物。

 鋼鉄の巨大蟻として恐れられた機械兵器の爆発音が、まるで死神の足音の様だ。


(どうすればいい?どうしてこうなった?私はただ…………


 …………いじめられたくなかっただけなのに)



 『拷問狂』ファラリスの誕生はごくありふれたモノだった。


 彼女が生きた星歴五十年以前の銀河同盟は暗黒の歴史(ブラックレコード)と呼ばれる史上最悪の時代だった。

 宇宙海賊が蔓延り、それを取り締まる宇宙艦隊は無法者の巣窟。

 宇宙艦隊はその圧倒的な武力を背景に、宇宙海賊討伐という大義名分を掲げ、略奪、暴行、破壊、殺戮、ありとあらゆる悪逆非道を(ほしいまま)にしていた。

 そんな時代の中、ファラリスは虐げられる側だった。


 彼女の両親は所謂ろくでなしだった。

 働きもせずに酒に博打にドラッグと放蕩三昧。

 挙句、方々で借金を作り、ファラリスはそのカタとして売られた。


 人間だった頃のファラリスは今と同様美しい少女だった。

 だがこの場合、それは幸福な事ではなかった。

 ファラリスを買い取ったのは宇宙艦隊の高級士官。

 士官はファラリスを散々弄んだ挙句、美しい容姿をそのまま残す為にサイボーグに改造した。


 改造されたファラリスは士官のペット兼優秀な殺戮マシーンとして調()()された。

 ファラリスは逆らえなかった。

 逆らえば士官の鞭が待っている事を知っていたから……


 そんな地獄の様な毎日を過ごしていたある日。

 ファラリスはある事に気付いた。

 人を殺している間は……他人を虐げている間は鞭が飛んでこない。


 ファラリスは率先して人を傷付けるようになった。

 そうすると何故かご主人様が優しくなった。

 ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべながら、『よくやった』と頭を撫でてくれるようになった。

 ファラリスは思った。

 あぁ、これは正しい行為なのだと……


 ファラリスはより残虐に他人を虐げ、殺すようになった。

 そうしている内に他人の苦痛や絶望が快楽へと変わっていった。

 自分の()両親を殺せと命令された時は頬が紅潮し、実際に拷問した時は思わず絶頂しそうになった。


 それからのファラリスは他者をより残酷に、残虐に、出来る限り大きな苦痛と恐怖をより長い時間与える事だけを考え、そして実行するだけのバケモノとなった。

 こうして『拷問狂』ファラリスが誕生した。



(あの腐れチン〇野郎がシュターデンにぶっ殺されて、ようやく解放されたと思ったのに……)


 今度は『シュターデンの種』が自分を殺しに来た。

 どうして?なんで自分ばっかり?

 この一万年間、自分はただ慎ましやかに趣味で拷問を楽しんできただけなのに。

 攫って来たガキ共だって、ちゃんと大切に丁寧に拷問していたから、長ければ一ヶ月以上持ったし、多分十万人くらいしか殺していないはずなのに……


 ヒド過ぎる!

 世の中には百万人殺して英雄だと崇め奉られているクソ野郎がうじゃうじゃいるのに。

 なんで高々十万人くらいしか殺していない自分が罰せられなくてはならない。


 何がいけなかった?

 最近、ちょっとはしゃぎすぎて四肢解体をやり過ぎたのがいけなかったのか?


 そんな現実逃避をしている間に、自分の手足たるヘルスパイダーがどんどん打ち減らされていく。

 もう自分を守る兵隊は十機といない。


「貴様の負けだ、ファラリス」

「アッ……アァッ……」


 護衛に残っていたヘルスパイダーが一瞬で切り裂かれる。

 冷淡な声と共に、ビームブレイドの冷たい刃が首元に突き付けられる。

 これが人間の身体だったら、ボロボロと涙を零し、糞尿を垂れ流していた事だろう。

 恐怖で水色の艶やかな髪は乱れ、琥珀色の宝石のような瞳がカッと見開く。

 絶望にだらしなく開くバラ色の唇から涎と嗚咽が漏れる。


「最後に一つ。一万年前の残党はあとどれくらいいる?」


 ファラリスは首を振った。

 シュターデンに蹴散らされた自分達は散り散りになって逃げた……それも一万年前に。

 生身の人間がほとんどだったから、もう生きていないと思う。


「答えろ。ガ=デレクや一万年前の仲間の下に(おく)られるのは嫌だろう」


 ……助ける気なんかない癖に。

 でも、この男……ガ=デレクをぶっ殺してくれたのか。

 あの野郎、私の身体を散々弄んでくれたから嫌いだったんだよなぁ。


「十秒待ってやる。知っている情報を全て吐け」


 『シュターデンの種』が悠々とカウントダウンを口ずさむ。

 妙に腹が立つ。

 まるで今まで私を虐げてきたクソ野郎みたいで(はらわた)が煮えくり返る。


「六・五・四……」


 カウントダウンが着々と進む。


(嫌だ……嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!)


 ファラリスの頭の中は死への恐怖と理不尽への怒りで埋め尽くされた。


「二・一……〇」

「いやだぁぁああああああああああああああああ!」


 カウントダウン終了と共にファラリスは絶叫した。

 ヘルスパイダーの残骸が叫びに呼応し、まるでファラリスという磁石にくっつく砂鉄の様に吸い寄せられる。


「これは……」


 レイが目を見開き、小さく舌打ちする。

 それは銀と黒が斑状(まだらじょう)に混ざり合った巨大な多脚戦車。

 その大きさは地下空洞を覆いつくさんばかり。


「いじめられるのは……もういやだぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫と共に迫る巨体。

 哀れで邪悪な少女(バケモノ)との最後の攻防の火蓋が切られた。

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