第八十七話 ネタバラシ
「クオン殿、逃げなくてもいいのか?そんなところで座り込んで」
巨大な岩に閉ざされたプラント出入り口。
クオンは子供達の治療を終え、その場に座り込んでいた。
セツナの説得にも瞑目して首を振るばかり。
「クオンさん。気持ちは分かりますが、レイ君も逃げろって言っていましたし」
カリンの説得にもクオンは首を振る。
「お断りします。何故安全な場所から移動する必要があるのですか」
クオンの傍らには光り輝く四枚羽の天使。
クオンを『神の薬』足らしめる神の権能、大天使ラファエル。
拷問で傷ついた子供達の治療をする為に召喚したのだが、今も顕現し続けている。
「それにどうせ、あの人はズタボロになりながら戦っているのです。傍近くで治療しなくては……」
クオンは回復、補助魔法をレイにかけ続けていた。
「……分かったよ。カリン、俺らは地上に戻るぞ。子供連れでこんなとこには居られねぇ」
「はい、あなた。クオンさんもくれぐれも気を付けてね」
子供達を背負ったセツナとカリンが走り去る。
クオンは自分のワガママを聞いてくれた夫妻の背中に深々と頭を下げた……
……グラーフ夫妻がいなくなってしばし。
クオンは物思いに耽っていた。
前回のティアマト戦に比べて力の流出が穏やかだ。
おそらくあの無茶な力は使っていないのだろう。
魔力のほとんどが体力回復と補助魔法に使われている。
ティアマト戦後のビンタが功を奏したと信じたい。
(レイ様……)
あの人は自分を顧みない。
勿論、極力怪我をしない様にはする。
だが、優先順位の一位が自分ではない。
神官として数多くの人と接してきたクオンには分かる。
これは人として、生物として非常に歪んでいる。
(レイ様……どうしてあなたは……)
クオンは今回の作戦を思い出しながら歯噛みした。
『クオン様。今回の本当の作戦を説明します』
それはあの阿婆擦れの前で打った猿芝居中に聞こえたアスの機械音声。
レイは最初からファラリスが敵の手の者で、人質がいる事を伝えるメッセンジャーだという事に気付いていた。
まぁ、当然だろう。
愚者はヘルスパイダーの事を機械と呼んでいた。
まともなルミナス人ならバケモノとか怪物とかモンスターと呼称するはずだ。
それに人質になって命からがら逃げてきたにしては身体が清潔過ぎたし、服の汚れ方も不自然だった。
あんなもの、自分は間者ですよ、と言っているようなものだ。
『先ほどのイヤホンですが、通信機能の他にホログラフの機能が搭載されています。まずはその機能を使って、マスターレイと姿を入れ替えて下さい』
言われた通りレイと喧嘩をする振りをし、もみくちゃになりながら姿を入れ替えた。
案の定、レイと自分の会話を盗み聞きしていた間抜けは、こちらが仲間割れをしていると信じ込み、ほくそ笑んでいた。
『迫真の演技です。これからの行動について説明します』
淡々と平坦な声で下手くそな芝居を褒められても嬉しくなかった。
『生体反応によると人質の一人はプラントの中に、残りの三人は奥の牢獄に分けられております。おそらく一人の方は交渉材料用に展示された人質。敵の狙いはこちらの分断と推測』
正確で詳細な情報にクオンは内心舌を巻いた。
戦いにおいて、情報戦での優位は勝敗を大きく左右する。
敵はヘルスパイダーとの戦闘で、こちらの情報を十分に収集した気でいたのだろう。
その証拠に人質作戦なんていう、薄汚い小細工を弄してきた。
だが、アスが提案した作戦はそれを逆手に取るモノだった。
『まず敵の狙い通り、クオン様に変装したマスターレイをプラントに残して、残りの三人で牢屋の人質を救助します。おそらく牢屋内の人質は負傷していると推測されますので、クオン様は治療をお願いします』
役割分担も完璧だった。
囮役のレイ、かく乱役のカリン、護衛兼牢獄破り役のセツナ、そして回復役の自分。
『人質を救出した後、ホログラフで透明化して出入り口まで退避。プラント内の人質を救出したマスターレイと合流してすぐにその場を離脱。その後ノームの力で敵を閉じ込め、マスターレイが敵を殲滅』
以上が作戦の概要だ。
アスは精霊と意思疎通ができるらしく、ウンディーネをネタにノームと脅迫したとか……
もうノームはアスと契約すればいいのでは、っとクオンは内心で苦笑いした。
今回の作戦でもっとも重要なのは、敵が自分の優位を疑う状況を作らない事。
もし敵が少しでも不利だと判断すれば、すぐさま人質の命を盾にするだろう。
なんせ、人質は四人いるのだ。
敵からしてみれば、三人までなら殺しても何の問題も無い。
だが、こちらの勝利条件は全員の救出。
一人でも殺されれば、それはレイにとって敗北を意味した。
幸い、アスのレーダーの解析結果から、敵が遠隔で人質を殺害する小細工をしていない事も判明している。
本作戦のMVPは間違いなくアスだろう。
(レイ様……どうしてあなたは……)
クオンは再び心の中で呟いた。
アスは間違いなくレイの希望を叶える為に策を講じている。
アスの作戦で危険度が高い役割を果たすのはいつもレイだ。
「力が……欲しい……」
クオンは生まれて初めて渇望した。
傷を治す力じゃない。
誰も傷付けない為の力が欲しい。
そう強く願った。




