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第八十五話 亀裂

「クオンさん。ちょっと宜しいでしょうか?」


 それは人質救出作戦直前の事だった。

 もう人質がいる製造プラントは目と鼻の先。

 レイはクオンを手招きして、カリン達から少し離れた場所に呼び出した。


「今回の作戦ですが……人質を見捨てる事も視野に入れて行動して下さい」


 レイの耳打ちにクオンはハッと目を見開いた。


「レイ様、どうしたのですか?あなたらしくない」


 クオンの言葉には明らかな困惑が見られた。


「あの少女の手前、助けるなんて言いましたが自分は軍人です。常に命の優先順位を付けてきました。今回優先すべきは人質の救出ではなく我々四人が安全に敵を殲滅する事です」


 レイは努めて淡々と、子供に言い聞かせるように語った。

 クオンは冷徹な言葉にギリギリと歯ぎしりした。


「クオンさん。今回の本当の作戦を説明します。アスの解析によると、プラント内にはヘルスパイダーを制御する為のマザーコンピュータが設置されています。自分はカリンさんが魔法で敵をかく乱している隙をついて、マザーコンピュータに爆発物を設置し、プラントごと爆破します」

「レイ様……それだと……子供達は…………」


 クオンは怒りを抑えながら、震える声で問いかけた。


「大丈夫です。クオンさん達はプラントには入らないから安全ですし、自分もパイロットスーツで護られています。万が一の事を考えて回復魔法はお願いしますが……」


 あくまでも淡々と語るレイに……


「子供達はどうなるんだぁああああああ!!」


 ……クオンの堪忍袋の緒が切れた。


 ドカッ!


 洞窟に響く鈍い音。

 クオンの拳がレイの右頬を強かに打ち付ける。


「どうしたんですか?貴方はそんな人では……」

「勝手に理想を押し付けないで下さい」


 殴られたレイは尻もちをついたまま、血の味がする唾と共に棘のある言葉を吐き捨てる。


「クオンさんこそどうかしています。我々の本来の目的はヘルスパイダーを殲滅してノームと契約する事。高々数人の子供の命を切り捨てる事を躊躇うなんて」

「黙れぇぇえええええ!」


 クオンが馬乗りになってレイを殴りつける。

 だが、レイも無抵抗に殴られているつもりは無い。

 クオンの両腕を掴み、馬乗り状態から体勢を入れ替えようとする。


「放せ!貴方みたいな卑劣漢!この拳で……」

「クオンさんこそ止めて下さい。あなたがやっている事は非合理的だ」


 体勢の奪い合いながらゴロゴロと転がる二人。

 この騒ぎに、少し離れた場所にいたセツナとカリンがようやく気付く。


「おい!お前ら!何やってんだ!」

「二人とも止めなさい!どうしちゃったのよ!一体!」


 慌てたセツナとカリンが二人を引き剥がす。


「セツナさん!放して下さい!アイツは!アイツは!」

「うるせぇ!落ち着くのはお前さんだ!何があった!」


 セツナは取り乱す神官を羽交い絞めにしながら怒鳴り付ける。


「カリンさん、自分は大丈夫です。放して下さい」

「ダメよ!一体何を言ったの!」


 カリンはあくまでも淡々とした駄々っ子を取り押さえながら事情を聞き出す……


 ……カリンが事情徴収する事しばし。


「そういう事……それはあなたが悪いわね」

「自分は合理的な方法を……」

「黙れ!合理的にはそうかもしれんが、人道的には間違ってる」


 グラーフ夫妻に叱責され、冷徹な軍人は顔を背ける。

 そんな彼を見てセツナはため息を一つ。


「仕方ねぇ、作戦変更だ。今のままじゃ連携なんて碌に取れねぇ」


 がっくりと肩を落とすセツナにカリンが同調する。

 尚、喧嘩をした二人には発言権は無い。


「カリンの魔法で敵に見つからない様に牢屋に侵入。人質を救出した所で離脱。ヘルスパイダーの殲滅は後日に回す」

「セツナさん、それでは契約が……」

「そんなの後だ!人命優先!だろうが!」


 ガキの異議をセツナが怒鳴り付けて封殺。

 パーティ内の空気はギスギスした最悪のモノとなった。

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