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第八十二話 レイへの想い、クオンの想い

「どうしましたか?レイ様」


 クオン=アスターは思わず首を捻った。


「……う~ん、敵が寄って来ないですね」


 それは十二回目の戦闘を終えたレイの口から零れた言葉だった。

 眉間にしわを寄せ、難しい顔をする彼に気付いたからだ。


「何か問題でも?」

「いえ、どうやら敵がこちらの意図に気付いたみたいです」

「つまり、各個撃破はもう無理と……」

「はい。残存するヘルスパイダー全てが製造プラントに集結しています。」


 アスからの情報で把握したのだろう。

 これまで倒したヘルスパイダーの数はおよそ七百機。

 残りはおよそ三百機。

 かなり削れたが、それでも現有戦力で相手にするのは心許ない。


「なんだ?二人ともしけた顔して」

「何か問題?」


 レイ同様、自分も難しい顔をしていたのだろう。

 グラーフ夫妻が心配そうにこちらの顔色を窺う。


「実は……」


 レイが固い表情のまま、全員に現状を説明……


「なるほど……下手に攻め込むとこっちが返り討ちだな」

「えぇ。この地下洞窟を丸ごと破壊してもいいというならやりようはあるのですが……」

「レイ様。私達が生き埋めになりますから、絶対に止めて下さいね」


 淡々と無茶を言うレイに、クオンの顔が引きつる。


「まぁ、考えても仕方ないし、少し休憩しましょう。最初の戦いから六時間。流石にみんな疲れて来たでしょう」

「おっ!賛成!なんか腹に入れて仮眠取ろうや」


 ニコニコ笑顔のカリンの言葉に、威勢のいいセツナが手を挙げながら同調。

 実際の所、クオンも疲れていたので、この提案はとてもありがたかった。


「では、食材と道具を出しますね。昨日、買った『炎要らずのフライパン』も試してみたいですし……」


 そう言うや、レイはパイロットスーツの中から、パンに肉に野菜に調味料、包丁にまな板にフライパン等、大量の荷物を引っ張り出す。


「すげぇな……一体どこから出したんだ?」

「セツナさん。これは空間圧縮バッグと言って……」

「うわぁ~!止めろ!止めてくれ!情報が多すぎる!」


 呆れ顔のセツナが思わず問いかけてみたが、これが運の尽き。

 普段は淡々とした口調のレイが、嬉々とした様子で道具の説明を口にする。

 その早口と膨大な専門用語よる情報爆撃で、セツナの脳みそはすぐさまパンク。


 クオンとカリンは、尊い犠牲を踏み台に自らは安全な場所へと避難する。


「ふぅ~、危なかったですね」

「本当ですね。あの人には気の毒ですけど、あのまま生贄になって貰いましょう」


 クオンは対岸の火事を眺めながら、カリンと共にホッと一息。

 クスクスと笑う彼女がなんとも微笑ましい。


「クオンさん。私の顔に何かついてますか?」

「いえ、すみません。不躾でしたね」


 今更ながら、カリンの横顔をジィっと見つめていた事に気付かされた。


「実は、私の母がそういう笑い方をよくしていたもので……」


 クオンの言葉にカリンがクスリと笑う。


「あら?お母さんなのね?あなたみたいな美男子に見つめられて、少しドキドキしていたのに」

「ご冗談を……あなたはセツナさん一筋ですよね」

「分かっちゃうの?流石神官様ね」

「ご心配なく。〈ライアーディテクト(嘘発見魔法)〉なんて使っていませんから」

「あらそう」


 クオンが軽口を返すも、カリンはクスクスと楽しそうに笑うばかり。


「あなたみたいに誠実で大人な方がトワやレイ君の側にいてくれて安心しました。これからもあの子達を宜しくお願いしますね」


 おちゃらけた態度から一変。

 真剣な眼差しのカリンが深々と頭を下げる。


「……勿論そのつもりですが、何故あなたがレイ様の事を気にするのですか?」


 クオンは疑問に思った。

 レイとカリン達が会ったのはほんの一ヶ月ほど前で、しかも一緒に居たのは二、三日程度だ。

 とてもこんなお願い事をする間柄の様には思えない。


「あら?随分と不思議な質問をするのね。あの子は私達グラーフ族以上に精霊に愛されているし、人にも愛されている。ただ運命とか宿命といった類のモノには嫌われているみたいですけど」


 クオンは息を呑んだ。

 カリンの言葉に思い当たる節が多々あったからだ。


 レイと出会ったその日に身の上話をした。

 『救星の旅』なんて胡散臭い話を疑いながらも信じたいと思った。

 彼が脱獄した時は、身一つで探しに行きたいと思った。

 彼が捨て身で戦った時は、我を忘れて引っ叩いてしまった。


 クオンは今更になって、自分のおかしさに気付いた。

 これはどう考えてもクオン=アスターの行動ではない。

 今だって、公務そっちのけでこんな地下洞窟に潜っている。


「あら、やっぱり心当たりがありましたか」


 笑顔の問いかけに、クオンは心を見透かされたみたいで居心地の悪さを感じた。


「仰る通りです。グラーフ族の族長様は読心の心得もお有りなのですか?」


 こちらの奥深くを覗き込むような瞳に耐えられなくなって、つい皮肉めいた言葉が口をついた。

 そんな棘のある言葉にカリンは眉をへの字に曲げる。


「ごめんなさい。気に障ったかしら。どうも族長なんてやっているとこういう物言いが染み付いちゃって。ほら、駆け引きとかはったりもお仕事の内だから……最近はトワにも口うるさいとか言われちゃって」


 カリンはペコリと頭を下げてから言葉を続ける。


「あなたはレイ君の味方みたいだから話しちゃいますけど、正直私、トワよりレイ君の方が心配なんです」


 カリンの視線がレイの方へと向く。

 『炎要らずのフライパン』で炒め物を調理しながら、自分の世界の道具について語る姿は何処か楽しそう。


「随分、明るくなりましたよね。最初に会った時はもっと張り詰めていたんですけど」


 カリンが目を細めるのに釣られて、クオンの頬も自然と緩む。


「きっとそれはトワやクオンさん。それからルミナスで関わった多くの人達……そして何よりレイ君自身の強さのおかげ」


 その言葉にクオンは素直に頷いた。


「でもあの子はやっぱり外の世界の人。あの子と真の意味で分かり合える人はこのルミナスにはいない。私にはそれがとても寂しく思えてしまうのよ」


 カリンの瞳に憂いの影が差す。

 クオンは思わず首を振った。


「カリン様。生意気な小僧の戯言だと思って聞いて下さい」


 クオンはそう前置きをし、小さく息を吸い込んだ。


「人は所詮一人です。他人と分かり合う事なんてできませんし、それができると言う人間は漏れなく詐欺師かペテン師です」


 クオンの言葉にカリンの表情が曇る。

 神官がこんな事を言うなんて……きっと幻滅されただろう。

 それでも……


「でもそれでいいではありませんか。人は相手の事なんて分からない。でも相手を想う事はできる。相手の隣にいる事はできる。それで充分だと……私はそう思います」


 これは母の受け売りだ。



 自分は貴族の父がメイドだった母に手を出して生まれた私生児だ。

 父や正妻、その関係者からは目の敵にされていたし、妹からも嫌われていると思っていた。


 自分は嫌な事があっても泣き叫ぶような子供ではなかった。

 そんな事をしても無駄だし、誰も助けてくれないと分かっていた。

 一人布団の中で、怒りや悲しみに打ちひしがれている時、母は自分の背中をさすりながらこう言うのだ。


『あなたがなんで泣いているのかなんて私には分からないわ。あなたが話してくれたとしてもきっと理解できないでしょうね。でもあなたが悲しい事は分かる。怒っている事は分かる。側にいる事はできる。あなたの事が大好きだって抱きしめる事はできる』


 言い終わると自分をギュッと抱きしめながら、寝るまで一緒に居てくれた。

 母がいたからこそ、自分は道を外さず、腐る事無く、神官としての務めに邁進する事ができた。

 想ってくれる人がいたからこそ……自分は人間でいられた。



「レイ様は幸せ者です。こうして想ってくれる人がいるのですから」


 クオンはレイとカリンに昔の自分を重ねながら語った。


「……あなたみたいな人がレイ君の隣にいてくれて本当に良かった」


 カリンは深々と頭を下げた。

 クオンにはその瞳が僅かに潤んでいるように見えた。


「さあ、そろそろ戻りましょう。いい匂いがしてきましたし」


 言われた途端、クオンの鼻に肉と野菜が焼ける香ばしい匂いが届いた。


「そうですね。レイ様の長話も終わったみたいですし」


 ぐったりと項垂れるセツナを眺めながら、クオンはクスリと笑った。

 いつぶりだろうか?

 『神の薬』ではなく、クオン=アスターとして、こんなにも人と話したのは。

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