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第八十話 地底蟻

 ノームとの波乱のファーストコンタクトを終えたレイ達。

 彼らは今、聖殿内の隠し扉から地下へと続く通路を下へ下へと進んでいた。


「しかし暗いな。レイ君のライトのおかげで視界は確保できているが、これじゃ敵さんに襲ってくれって言っているようなもんだ」

「そうね……でも本当に居るのかしら。三千年前に封印された巨大蟻だなんて」


 暗く狭い土の回廊を前に不機嫌そうなセツナが愚痴を零す。

 カリンもそれに同意しつつ、小さな声でぼやく。

 沈黙を守るパイロットスーツ姿のレイだが、二人の気持ちも分からなくはない。


 ノームの依頼だが、彼は祈祷師との契約を希望しているらしい。

 ただ、三千年前に封印した鋼鉄の巨大蟻とやらが邪魔らしくて、それを排除してほしいと言うのだ。

 ノーム自身で排除も考えたのだが、土で埋めても死なないらしく、倒すには五体をバラバラにするしかないとか……

 巨大蟻は非常に頑丈でノームにはそこまでできる力は無かった。

 そこでレイに白羽の矢が立ったわけだ。


「レイ様、巨大蟻に心当たりはありますか?」


 愚痴ばかりで建設的な会話をしない夫妻を余所に、クオンが合理的な問いを投げた。


「はい。おそらく……」


 勿論、鋼鉄の巨大蟻と聞いた段階で心当たりがあった。

 その事を情報共有しようとした矢先。


(地下より多数の高熱源体接近中。動きから推察するにこちらの動きには気づいていないと判断)


 アスの警告がレイの脳内にだけ響く。


「皆さん、止まって」


 レイは全員を停止させると共に、人差し指を口元に近づけるジェスチャーをして、声を発さない様に指示。

 三人はこくりと頷き、黙ってレイの指示に従う。


(アス)

(これより三百メートルほど進んだ開けた空間に多数の敵影。星歴五十一年頃に宇宙艦隊が使用していた地上制圧用の多脚戦車ヘルスパイダーであると断定)


 西暦五十年代……ヘッジホッグの時といい、シーサーペントの時といい、またしても暗黒の歴史(ブラックレコード)だ。

 シーサーペントを操縦していたガ=デレクの証言通りなら、奴らは一万年前のルミナスにタイムスリップして、シュターデンにやられた悪党共の残党。

 ガ=デレクの前例もあるし、宇宙艦隊の技術なら一万年の時を耐え抜く事も可能だろう。


(現在、ヘルスパイダーは自己保存機能が作動しているモノと推測。センサーは音のみ。音を立てなければ攻撃される可能性は皆無)

(アス、近距離偵察機は出せるか)

(実行可能)

(やってくれ)


 レイは脳内でアスに命令。

 近距離偵察機とは、全長一ミリ未満で極小カメラが搭載された偵察車両だ。

 超小型故、敵から発見される事はまずないが、代わりに索敵範囲は五百メートル以下とかなり狭い。


 レイは近距離偵察機をばら撒くと同時に、パイロットスーツ内から専用のモニター端末を取り出し、全員に画面を見る様に手招きする。


「レイ様、これは?」


 クオンがモニターに目を落としながら小声で呟く。


「ここから三百メートル先にいる敵です」


 ぴかぴかと光るモニターを眺めながら、レイも同じく小声で返答。

 モニターに映し出されたのは、大きさにして二メートルくらいの足が八本生えた金属の塊。

 その数は五十機以上で、銀色が三機と残りが黒色。

 胴体部の中心には主砲と思われる直径四十センチほどの金属筒。

 その周辺を逆三角形に配置された副砲と思われる直径十センチくらいの金属筒。

 主砲を鼻とするなら副砲は目と口の位置と言えばいいだろうか。


「デケェな……」

「それに堅そうね。ここじゃ大魔法も使えないし」

「……黒い蟻と銀色の蟻がいますが何か違いでも」


 鋼鉄の巨大蟻ヘルスパイダーの異様にグラーフ夫妻が息を呑む。

 一方、クオンは冷静に個体差を見分け、眉間にしわを寄せながら問いかける。


「アス」

『銀色はギラニウム製の宇宙艦隊で製造された機体と断定。黒色は鋼鉄が主成分の新しく製造された機体と推測』

「なるほど……」


 アスの淡々とした説明にクオンがうんうんと頷く。


「なるほど、じゃねぇよ。分かるように説明してくれ」


 一方、今回初めて空の悪魔の兵器と遭遇したセツナは、僅かに苛立ちを滲ませた口調で零す。


「銀色はレイ様にしか倒せない……という認識で問題ありませんか?」

「はい」


 真剣な眼差しのクオンにレイが短く応じる。


「……つまり、私とセツナさんは黒色の数を減らしながら、レイ君を銀色の元に連れて行けばいいのね」


 今まで大人しかったカリンが、トワによく似た紫の髪の毛を掻き上げながら、淡々とした口調で提案。

 その目つきは普段の優しいお母さんではなく、歴戦の戦士か軍師を思わせる様な鋭さ。


「おぉ、カリンが本気になっちまったか。俺もいっちょ気張るかな」


 セツナが凶暴な笑みを剥き出しにポキポキと指を鳴らす。


「アス、敵の総数は?」

『推定千機。地下通路を進んだ先にヘルスパイダーの製造プラントがあると推測』


 情報は出揃った。


「皆さん。おそらく敵を一機倒した時点で千機の蟻が殺到してくるでしょう。これから作戦を説明します。長期戦になりますので準備をしっかりして挑みましょう」


 レイが淡々と言葉を発する。

 感情が籠らない軍人の言葉に、この場にいる者の視線が集まる。

 レイは彼らの真剣な眼差しに満足しながら、パイロットスーツから荷物を取り出す。


「レイ様……これは?」


 レイが取り出した()にクオン達が首を傾げる。


「何って、サンドイッチと水筒です。せっかくですから、作戦説明中に栄養補給も済ませましょう。腹が減っては戦は出来ぬ……です」


 それはレイがグランソイルで買ったランチボックス。

 しかもご丁寧に人数分。

 どうやら、新しく作った空間圧縮バッグ(フィクションの世界でよくあるアイテムボックスの様な物)は上手く機能している様だ。


「……仰る通りです。ありがたく頂戴します」


 クオンがふぅっと息を吐きながら、気の抜けた表情でランチボックスを受け取る。


「そうね。私達も頂きましょう」

「……だな。全くこいつぁトンデモねぇ大物と友達になったもんだ」


 カリンとセツナも少し呆れた顔で、美味しそうにサンドイッチを頬張るレイからランチボックスを受け取る。


「まずは……」


 突如始まったランチミーティング。

 これから強敵と命がけの戦いを行うとは思えないような弛緩した空気。

 真剣に作戦を語る司令官の口元は、新鮮野菜たっぷりのサンドイッチでいっぱいだった。

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