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第七十七話 迫りくる宇宙艦隊

 ルミナスから遥か三百光年離れた宇宙空間。

 銀河系と外宇宙の境目に位置する場所。

 宇宙艦隊最強の士官ゲイリー=アークライト率いるアークライト隊とバグの戦いは熾烈を極めていた。


「バグの損耗率八十八・五%を突破。グングニル、外宇宙への進軍開始準備よし」


 ゲイリーは神経質な金髪を掻きながら、男性オペレーターの報告を吟味していた。


「ディスティナ少佐。白痴兵特攻部隊の残存兵数は?」

「残り三十パーセント。突破までの時間を考えると少し心許ないですね」


 冷静な赤の瞳で漆黒の宇宙空間を睨み付ける副官マリナ=ディスティナ。

 彼女の深紅の唇から漏れ出た言葉は、おおむねゲイリーと同じ意見だった。

 こういう時事実しか言わない副官の意見は信頼に値する。


「バグの再生能力を考えると短期決戦しかないな」

「はい。ですが先ほども言った通り兵力……特に制宙権を確保する為の火力が圧倒的に足りません」


 副官の淡々とした口調は、まるで目の前のバグが覆いつくした漆黒の宇宙空間の様に絶望的だった。

 バグの最も驚異的な能力はその圧倒的な再生力。

 それは白痴兵特攻部隊がその身を犠牲にして空けた穴を瞬く間に埋めていく。


 コンピューターの解析によると、あれで無数の有機生命体だというのだから信じがたい話だ。

 おそらくあの群団には個と言うモノが存在しないのだろう。

 あるいはあの群団全てで一つの個なのかもしれない。


「大佐、報告します。白痴兵部隊が少しずつ押されています」

「いつからだ!」


 ゲイリーは必死に苛立ちを抑えた。

 ただでさえ、厄介な状況なのに……


 本来、敵の数が減ればそれだけこちらが有利になるはず。

 戦力の減り方を考えればこちらの方が僅かずつでも有利になるのが必然。

 にも拘わらず実際はこの体たらく。


「銀河標準時で十時間ほど前から少しずつ……このままではいずれ形勢逆転されます」


 淡々と話すオペレーターの機械的な声が疎ましい。

 この男も白痴兵。

 正直、犯罪者を洗脳して兵力とする今の銀河同盟のやり方は好きになれない。

 実際、この艦に通常の軍人は自分と副官と主要幹部数名だけ。


「ゴードン機関部長。チャン操舵長。ワープドライブの準備」


 ゲイリーは長時間の戦いで伸び切った無精ひげを苛立たしげにいじりながら、この艦で最も信頼するクルーに指示を出す。


「大佐。今、ワープドライブを行えば、バグに激突してグングニルは宇宙の藻屑です」


 鋭い口調で異を唱えたのは、チャン操舵長。

 感情に乏しい平べったい東洋系の顔の男は切れ長の鋭い目つきで、無茶な命令をする上官を非難する。


「俺のフェンリルを出す」

「えっ!大佐自らですか!?」


 今度は右隣の副官から非難の声。

 その顔に浮かぶのは焦燥。


「大佐。指揮官自ら前線に赴くなど正気の沙汰ではありません!ここは白痴兵に任せて」

「いや駄目だ。おそらくバグ共は白痴兵の行動パターンを学習している。今必要なのは人間のランダムな行動パターンだ」


 バグの動きをつぶさに観察して分かった事だが、数時間前から統率が取れるようになり、目に見えて動きも良くなった。

 おそらく、オペレーターが言った十時間前にはもうこの状態だったのだろう。

 時間経過で学習したのか?それともバグの中で何かあったのか?それはゲイリーには分からない事だった。


「大佐!お考え直しを!指揮官がいなくなっては」

「くどい!これは決定事項だ。もし俺が戦死した時は、副官として貴官が退却指揮を執る事。これは艦長命令だ」


 マリナは声を荒げ、首を横に振った。

 深紅のロングヘアが苛立たしげに揺れる。


「いいじゃねぇか。行かせてやりなよ」


 ゲイリーとマリナの会話に割って入ったのは初老の男の声。

 ブリッジの通信スクリーンに表示されたのは機関部長のゴードンだ。

 太鼓腹で白髪と白い髭をたくわえたサンタクロースの様な男は気楽な口調。


「ゴードン部長。ご自分が何を言っているかお分かりですか?」


 無責任とも取れる発言にマリナが食って掛かる。


「お嬢さんこそ、もう少し艦長の事を信じてはどうかな?この人はただの士官じゃない。宇宙艦隊最強の男ゲイリー=アークライトなんですぞ」


 ゴードンは顎の脂肪をプルプルと震わせながら、快活に笑い飛ばす。

 ゲイリーとゴードンはお互い付き合いの長い親友同士。

 その信頼は他の者とは一線を画す。


「分かりました。突破後指定の座標で必ず合流。それでいいですね」


 艶やかな口元から大きなため息。

 ゴードンの説得にマリナは首を振りながら折れる。


「……あぁ、すまない」


 ゲイリーは副官に負担を掛ける事に頭を下げて謝罪。


「……絶対に生きて帰還して下さいね。何百年後になるか分からない結婚式に招待してくれるのでしょう?」

「お前……この空気でそれを言うか」


 マリナの不機嫌な口から放たれる毒舌にゲイリーがたじろぐ。

 何を隠そう嫁さんができないのが彼の悩みだ。

 銀河系を飛び回る宇宙艦隊艦長の激務を考えれば致し方ない話ではある。

 実際、優良物件なのだと自負しているが、如何せん周りは野郎と白痴兵だらけで出会いが無い。

 どこかに自分と年の近い穏やかで気立ての良い、家庭的な女性はいないだろうか、とため息を吐く。


「では、行ってくる。ディスティナ少佐、艦の指揮は任せた」

「了解!」


 ゲイリー=アークライトは強大な敵との戦いに赴く。

 口元を歪めたマリナにその背を見送られながら……

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