第四話 異郷の地で触れる優しさ
嶺が招き入れられたテントの中は実に素朴で……
とても不思議な光景が広がっていた。
最初に感じたのは涼しい風。
空調も存在しないのにテントの中はとても快適だった。
次に目に入ったのは、部屋を飾る彩とりどりの布飾りと、それをひとりでに作り出す機織り。
勿論、機械仕掛けの機織り機ではなく、普通の人間が手織物で使うモノと同じ見た目だ。
最後に部屋の中央で火も無いのにコトコトと煮える鍋。
嶺が未知の光景に呆然としていると、その鍋で料理をしながら同じく目を丸くする優しそうな夫人の姿。
トワと似た髪色をした夫人の視線は奇妙な恰好をした男に注がれる。
「お母さん、ただいま」
「おかえり。トワ、そちらの方は?」
「レイ=シュートさん。さっき助けてもらったの」
母の問いにトワが満面の笑みで応じる。
「えっ!助けてもらったって、何があったのよ?」
「グレートボアに襲われた」
「あんた!大丈夫なの!」
「うん、助けてもらったから」
トワの母は目を白黒させながら、トワと嶺を見比べた。
「レイさんで……よかったかしら。娘を助けて頂いてありがとうございます。私はトワの母で族長のカリンです。なんのおもてなしも出来ないですが、ゆっくりして行って下さい」
柔らかく微笑むカリン。
嶺は彼女の反応に戸惑いを覚えた。
(来るのが遅い!何のために我々が君達穀潰しに給料を払っていると思っているんだ!)
嶺の記憶がフラッシュバックした。
彼は軍人だ。
民間人を護るのは義務。
(何故娘が怪我をして、貴様はのうのうと無傷なんだ!自分の身を盾にして民間人を護るのが貴様ら軍人の役割だろうが!)
銀河同盟の軍人への扱いは決していいものではなかった。
基本的に外敵のいない銀河同盟国内。
軍人が駆り出されるタイミングと言えば、バグへの攻撃か散発的に発生するテロへの対処……
そして市民のクレーム対応くらいだった。
活躍の機会が少ない宇宙艦隊への世間の風当たりはキツイ。
こんな風にお礼を言われたのは生まれて初めてだった。
「……感謝します」
嶺は無意識に呟いた。
「何言ってるのよ。感謝するのはこっちですよ。さぁ、座って。もうすぐご飯が出来ますから」
カリンの優しい言葉に嶺の胸がチクリと痛んだ。
こんなふうに人間らしい言葉をかけてもらったのはいつぶりだろう?
病気の妹……杏の為にお金が必要だった。
幼い嶺が選んだ道は学が無くても入れる軍隊だけだった。
いや、この言い方は正確ではないだろう。
今のご時世、知能の部分はAIがカバーしてくれる。
良い就職に必要なのは金とコネだけだ。
軍人なんて誰もやりたがらない仕事は貧乏人の馬鹿に押し付ければいい。
それが銀河同盟の民意なのだ。
「お腹減ったでしょう。こんなもんしかないけどたっぷり召し上がれ」
嶺は沢山の野菜が入った真っ白なスープを手渡された。
「わぁ!今日は特製ミルクシチュー!お母さん奮発したね」
「こら!お客様の前ではしたない!レイさんどうぞ」
ご馳走を前にトワが舌なめずりをしながらはしゃぐ。
そんなお行儀の悪い娘にカリンが小さなカミナリを落とす。
嶺は思わず笑いそうになった。
トワの行動がレイの気持ちを代弁してくれているかの様だったからだ。
野菜なんて一般軍人にとっては贅沢品。
普段は味気ない携帯食で済ませる栄養補給。
人参に似た赤い野菜をスプーンで掬って一口。
「とても……美味しいです」
視界が歪む。
甘くて、青々とした香りが口いっぱいに広がる。
「どうも、お粗末様です」
「お兄さん?どうしたの?」
ニコニコと笑顔のカリンがシチューを啜る。
トワはガツガツとシチューを掻き込みながら、嶺の顔を覗き込もうとする。
「トワ、あんたは黙って食べなさい」
「むぅ」
カリンに無神経を咎められ、トワは頬を膨らませる。
(父さん、母さん、杏……)
嶺は噛みしめる様にゆっくりとゴロゴロ野菜を咀嚼した。
遠い日の記憶と一緒に咀嚼した。
その左手は……胸元のロケットペンダントを握りしめていた。