第七十五話 本題
「さて、まずは状況確認からだ。リシャルト博士、シュターデンの古文書に書かれた予言について説明せよ」
「はっ!」
張り詰めた空気の会議室。
レイ達が各々の席に着くと共に会議は始まった。
開始の合図を告げたのはグェインの威厳に満ちた声。
それに緊張感を孕んだリシャルトの声が応じる。
「古文書に書かれた内容は以下の通りです。まず、この古文書は兵器の設計図でした。兵器の名前はグレイプニル。彼のシュターデンが空の悪魔と戦う為に建造したとされる空駆ける船にございます」
緊張した空気がヒシヒシと伝わってくる。
無理もない。
一介の研究者がいきなり国賓相手に研究成果の報告を求められているのだから。
額に脂汗を流し、喉の渇きを堪える為につばを飲み込み、普段の老人口調も忘れるほどだ。
深呼吸を一つ。
極限状態の中、リシャルトが必死に言葉を紡ぐ。
「古文書には設計図の他にこんな記述がございました。近い将来に来る空の悪魔との闘いに備え、然るべき人物にこれを渡し、船を完成させよと……」
言い切るや、リシャルトはヘロヘロと腰砕けになり、ぐったりと椅子に倒れ込んだ。
「うむ、報告ご苦労だった。古文書についてはこちらで預かろう。リシャルト博士の孫よ。彼を隣の応接間で休ませてやってくれ。すぐに人を呼ぶ」
「はっ!はい!」
王の威厳をそのままに、グェインはリシャルトを労う。
そして君主にお声掛けを頂いたリーフが、素っ頓狂な声を上げながら王命に従う。
ドタバタとリーフ達が退出するのを待つ事しばし……
「グェインよ。体よく人払いしたもんじゃのぅ」
「……言うな。ここから先は彼らには刺激が強すぎる話だ」
普段は威厳に満ちた老人がニヤニヤとグェインに詰め寄る。
そっぽを向くグェインの姿は国王というにはあまりにも人間くさい。
おそらく彼は国民に対して情に篤い人物なのだろう。
尤も彼自身はその事をいじられるのを良しとしてない様だが……
「閣下。お戯れはその辺に」
「そうじゃのぅ。部外者もいなくなった事だし、本題に入ろうかの」
苦笑するクオンが君主をやんわりとたしなめる。
途端、トライスの目の色が変わる。
おちゃめな好々爺からリシュタニア教会最高責任者に……
「何故この場に英雄の末裔がおる?うぬには呼ぶ暇なんぞ無かったはずじゃが」
ナイフの様な鋭い言葉と眼光が弛緩した会議室の空気を切り裂く。
思わず唾を飲み込んでしまいそうな威圧感の中、刃を向けられたグェインは肩をすくめる。
「俺ではない。ノーム様だ」
その言葉に今度はトライスが凍り付く。
「カリンさん?ノーム様とは?」
レイは隣でニコニコと笑う渦中の人の片割れ、カリンに状況説明を要求。
国王が様付けするほどだから、よほどの人物なのだろうと思いながら……
首を傾げるレイにカリンは少し困った様な顔で応じる。
「ノームって言うのは、イフリートと同じ四大精霊の一柱。土の精霊でこのワルツブルクの聖殿でつい先日まで眠りについていたんですけど……」
「どういうわけか、シルフを通じて俺達にコンタクトをとってきたんだ」
「因みにシルフって言うのは風の四大精霊ね。あなた達が旅立った二十日後くらいだったかしらね。おかげでこっちはてんやわんやだったわ」
カリンとセツナに耳打ちされたレイは混乱の極致にいた。
いきなり湧いて出てきた四大精霊の名前。
まさに灯台下暗し。
グラーフ族はシュターデンの血筋だと聞いていたが、まさかこんなにも身近なところから情報が出てくるとは……
「レイ様。風の四大精霊シルフはカリン様とセツナ様が共同で仮契約しているのですよ。歴代族長がシルフと仮契約をする故、グラーフ族は『風と草の民』とも呼ばれております」
「おっ!詳しいねぇ。流石公国が誇る神官長『神の薬』だ」
「光栄です、偉大なるグラーフの戦士長。私の事をご存じとは」
笑顔の鎧を纏ったクオンと朗らかに笑うセツナがバチバチと火花を散らす。
「カリンさん。セツナさん、機嫌が悪いみたいですけど、どうされたのですか?」
「あの人、今日トワに会えるつもりでいたからそれで……」
「こら!カリン!レイ君に余計な事を」
カリンが特大級のため息を一つ。
慌てて口止めしようとするセツナの姿が若干情けない。
「コホン!静粛に!今は会議中じゃぞ」
これ見よがしの咳払いと共に、威厳に満ちた老人の小さなカミナリがレイ達四人に落ちる。
「さて、『救星の種』も状況がつかめたかのぅ」
「はい、お騒がせして申し訳ありません」
四人を代表してレイが頭を下げる。
それを受けたトライスがグェインと目配せ。
「話を進めるぞ。最初にこの古文書だが、これはお主に渡せばいいのかな?『救星の種』」
古文書を放り投げられ、レイはポカンと口を開いた。
「自分を……信じるのですか?」
レイはグェインの行動が信じられなかった。
正直、こんな胡散臭い異邦人を信じるには根拠が乏しい。
「そうか……お主はこの星の人間ではなかったな」
「……ご存じでしたか」
「お主の裁判での証言をそこのクソジジイに教えてもらった」
心底つまらなそうにグェインが吐き捨てた。
まるでトライスに何か言いたげな口ぶりだ。
尤も狸爺はこれを無視。
「それで信じたのですか?」
「現状、信じるより他ない。ジジイの神託、古文書、今まで沈黙を続けていたノーム様の目覚め、英雄の血族が炎の四大精霊と単独で契約。全てが世界の危機を示している」
グェインがその厳つい顔の眉間にしわを寄せる。
彼は世界の危機を本気で憂いているようだ。
レイはそれが不思議でならなかった。
「レイ君。四大精霊は世界の危機にしか動かないんだよ。例えば、前回ノームが動いたのは三千年前。王国の地下から無数の鉄の巨大蟻が出現した時だな。初代ワルツブルク国王とノームが契約して蟻達を地中深くに封印したとか……」
「鉄の……巨大蟻ですか」
セツナの説明にレイは眉をひそめた。
何故なら……
「おっと、脱線はその辺にしてくれ。ここから大事な話なんだ」
苛立たし気にトントンと指を打ち付けるグェインの声に、レイは思考を中断した。
「実はノーム様が夢枕に立てこう仰った。『救星の種』に会いたい……とな」
そう言い放ったグェインの口調は何処か不機嫌そうだった。
レイが首を傾げる中、ハッとした表情でセツナが呟く。
「さてはグェイン殿。ハブられたな」
「……言うな」
グェインが苛立ちを隠さずにそっぽを向く。
「今回、ノーム様の御指名は『救星の種』、『神の薬』、『シルフの契約者』の四名だ。残念ながら俺とジジイは除外だな」
悔し紛れのグェインがトライスに視線を送りながら言い放つ。
「勝手に仲間扱いするんじゃないわい。このガキンチョが」
こうしてトライスのため息と共に、和平会談と言う名の茶番は幕を下ろすのであった。




