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第七十三話 思わぬ再会

 救星の旅二十八日目。

 レイは王国の首都グランソイルの中心、国王が住まう政治の中枢、ワルツブルク城にやって来た。


「思ったよりも早く国王陛下との謁見が叶ってホッとしたわい」

「全くです。これで自分もお役御免ですね」

「あぁ、これもお主と()()()殿()のおかげじゃ」


 荘厳な石造りの王城を前に、リーフの祖父リシャルトと軽く言葉を交わしながら、レイは昨日の出来事を思い出していた。



 時は遡り、前日の昼過ぎ頃。

 所は今と同じくワルツブルク城門前。

 レイ達の目的は勿論国王との謁見。


 ワルツブルク城には王城とは別に受付用の庁舎があり、そこで謁見の申請等の手続きを済ませる。

 庁舎は木造二階建てで普通の役所と同じような造り。

 あまり豪華にすると税金の無駄遣いと突き上げるこのご時世。

 ワルツブルク国王はきっと国民感情に配慮できる賢王なのだろう、とレイは一人で勝手に感心していた。


 ごく普通の木製の扉をくぐり、レイ、リーフ、リシャルトの三人が受付に向かうと……


「申し訳ございません。例えリシャルト博士の申請でも陛下との謁見は三ヶ月先になります」


 貴重な資料を携えて遠路はるばるやって来た彼らに、メガネの受付嬢が突きつけたのは非情な現実だった。


「ねぇ、お姉ちゃん。なんとかならねぇのか?世界平和に関わる一大事なんだ!」

「そう言われましても……」


 業を煮やしたリーフが詰め寄っても、受付嬢は困ったように眉をへの字にするばかり。


「これリーフ。あまりお嬢さんを困らせるもんじゃない」

「でも爺ちゃん!三ヶ月も待ってたらまた奴らに……」

「そうじゃのう。流石にいつまでもレイ殿に面倒を掛けるわけにもいかんし……それに……」


 困り果てるリーフ達を眺めながら、レイはふと疑問を口にする。


「リシャルトさん。何をそんなに焦っているのですか?あなた方の身柄の安全なら治安維持機関に頼れば問題ないでしょうし、王に資料を渡すにしてもそんなに急ぐ必要は無いのでは?」


 問われたリシャルトはキョロキョロと周りを見回し、内緒話をする為にレイに手招き。


「レイ殿。これはリーフの知らん話じゃ。お主を信頼して話すこと故、他言無用なのじゃが……」


 そう前置きをし、顔を寄せたレイに耳打ち。


「あの古文書には一つの予言が書かれておってのぉ。『古文書に書かれている兵器を然るべき人物に渡し、今からおよそ三十日後までに完成させよ。(きた)る空の悪魔との戦いに備えて』とな」


 険しい表情を浮かべるリシャルトにレイは小さく頷いた。

 この情報はレイも知っていた。

 昨日はリシャルトの体調回復を待ちつつ、アスにコピーさせた古文書の解析に一日を費やした。

 そのおかげで古文書の内容は頭の中にインプット済み。

 今のレイなら戦闘艇グレイプニル製造に五日とかからないだろう。


 レイ視点で見れば充分に余裕があるし、古文書はもう役目を終えているのだが、リシャルトにはそれを知る由もない。

 リシャルトとリーフが唸り声を上げる中、レイが打開策を思案していると……


「これはレイ様。どうしてこちらに?」


 ふと、背後から聞き覚えのある甘い男の声。


「クオンさん、どうしてここに?」


 振り返った先には想像通りの人物が立っていた。

 レイと同じくらいの背丈で細身の優男。

 金色の瞳に亜麻色のサラサラ長髪。

 柔らかな微笑みを湛えた甘いマスクは、異性を虜にして止まない色男。

 豪華な金糸で刺繍された法衣を纏ったリシュタニアの神官長。

 『神の薬』クオン=アスターその人だった。


「どうしても何も別れる前に言いましたよね。これから和平交渉です」


 クオンは柔らかな笑みをそのままに返答する。


「ところでレイ様はどうしてこちらに?」


 少し呆れた調子でクオンが言葉を重ねる。

 そういえば先に質問をされたのは自分の方だった。


「失礼しました。実は……」


 質問に質問を重ねてしまった自分を反省しつつ、レイは自分達の置かれた現状について説明しようとするが……


「レイ殿、この方は?」

「リシュタニアの神官長です」

「話しても大丈夫なんじゃろうか?仮にも敵国の重鎮」


 当然、リシャルトが止めに入る。

 シュターデンの兵器の図面を持っている事が他国に知られればどうなるか……

 争いの火種になるのは火を見るより明らか。

 話すのを拒むのは当然だと言えよう。


「それを言うなら自分も異邦人です。それにクオンさんは信頼できます。今だって世界の危機に対抗するために和平交渉に奔走してくれています」

「…………」

「はん!分かるもんか!相手は公国の(いぬ)だぜ!」


 淡々としたレイの説得にリシャルトが黙り込む。

 一方、リーフは公国の神官を完全に信用できないようだ。

 クオンは反発するリーフの前で膝を屈め、その金の瞳で彼の目を真っ直ぐに見据える。


「少年。この際、私を信頼できるかは置いておきまして、レイ様の言葉を信じて頂けないでしょうか。見た所貴方がたはレイ殿を信頼しているようだ」


 金色(こんじき)の視線に居心地の悪さを覚えたのだろうか。

 リーフはクオンからプイっと目を背ける。


「あぁ!分かったよ!ただし、古文書の内容は秘密だからな!」


 荒々しい声にクオンが肩をすくめる。

 まぁ、思春期真っただ中の少年ならこんなモノだろう。

 レイはリーフの意を汲み、グレイプニルの部分は伏せつつ、現状を説明……


「なるほど……そういう事ですか?それならお役に立てるかもしれません」


 話を聞き終わったクオンがポンと手を打ちながら言葉を続ける。


「実は今日は会談前の事前打ち合わせで本番は明日なんですけど……どうでしょう?明日和平会談にご一緒されては?」


 柔らかい笑顔の鎧をそのままに発せられたクオンの言葉に、レイのみならずリーフとリシャルトも呆気に取られる。


「そんな事ができるのですか?」


 レイは努めて感情を表に出さない様にしながら問い返す。

 内心慌てるレイの様子にクオンはクスリと笑いながら答える。


「むしろ好都合です。世界の危機を知らせる古文書。世界の危機に先立って、神託(オラクル)が認めた『救星の種』が現れたとなれば……」


 そういえば以前そんな話をしていたか……

 クオンにとって好都合なら構わないだろう。

 レイは彼の提案に同意する意味を込めて小さく頷く。


「ご理解感謝いたします。ではお三方、明日この時間にまたお会いしましょう」


 こうしてレイ達はめでたくワルツブルク国王陛下との謁見が叶う事となった。

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