第七十一話 トワの旅その八~鬼教官~
静寂に満ちた薄暗い洞窟。
トワはウンディーネに導かれ、洞窟の最奥部にやって来た。
「わぁ~……綺麗」
『ふふ、お気に召しましたか?』
「うん!」
この世の物とは思えない美しい光景だった。
小さな劇場ほどある大きな空間。
ごつごつした壁に散りばめられたアクアマリンの様な水色の光は、まるで満天の星空。
中央で僅かに揺らめく小さな泉の水面に反射し、幻想的な雰囲気を演出。
道中では不気味に感じていたさざ波の音もここでは心地良い。
『お腹は空きませんか?お魚でよければ用意しますが?』
「あっ!ホント!ありがとう」
『……ウンディーネよ。四大精霊がそれでいいのか』
ウンディーネの笑顔の提案にトワも無邪気に飛び跳ねる。
尤もただ一人、イフリートだけは呆れ顔。
そんなイフリートを放置して、ウンディーネは泉に手を突っ込み、水流を駆使して魚を引っ張り出し、瞬く間に水で作った包丁で切り身にする。
刺身を魔法で作った氷の器に盛り付け、海水で作った塩を調味料に沿えれば、新鮮な刺身盛りの出来上がり。
『はい、どうぞ。召し上がれ』
「わぁ……凄い!」
『それでいいのか?最強の四大精霊……』
目を輝かせたトワが素手で刺身をつまみ上げ、ペロリと平らげる。
その光景にご満悦のウンディーネと呆れ顔を深めるイフリートがなんとも対照的だ。
だが、そんなほのぼのとした空気も束の間……
『あなたこそ、その体たらくで四大精霊を名乗って大丈夫なのですか?腕……《《落ちてますよ》》』
『はっ?』
ウンディーネの雰囲気に変化。
優しいお姉さんから歴戦の猛者となった鋭い眼光が、イフリートの右腕に注がれる。
イフリートが彼女の視線を追うように、自らの右腕に視線をやる。
トワも刺身を頬張りながら、そちらに視線を向けると……
「えっ?」
『これは!』
トワとイフリートは目を見開いた。
そこには本来あるはずの腕が無かった。
『先ほど切り落とさせて頂きました』
『いつの間に!』
『お刺身を調理した時です』
人間ならきっと顔を真っ青にしていただろう。
愕然とするイフリートに、ウンディーネは何でもない様にサラリと返す。
『はぁ~……分かってはいましたが、その程度で主を護れるとお思いですか?炎の精霊』
ウンディーネの鋭い視線が、非難と共にイフリートに突き刺さる。
『トワ様は今の攻撃に気付きましたか?』
「ううん……全然見れなかった」
『当たり前です。先ほどの斬撃は肉眼で見えるモノではありません。魔素の流れを読み取り、先読みして回避しなくては』
「そんな事できるの?」
『やって頂かなくては困ります。これから空の悪魔との厳しい戦いが待っているのです。この程度できなくては命がいくつあっても足りません』
もう先ほどまでの優しいお姉さんは何処にもいない。
今のウンディーネはまさに鬼教官。
『ではトワ様。これからバシバシ鍛えさせて頂きますので。お刺身一分以内に食べきっちゃってくださいね。イフリート、あなたは外の二人に帰るように伝言してきて下さい。三十秒以内です』
ぴしゃりと言い放つ凛とした声に、トワの背筋が凍る。
そっとイフリートの方に視線をやれば、彼の姿はもうどこにも無い。
『トワ様、栄養補給は大切です。ボーッとしてないでさっさと食べちゃって下さい』
どうやらイフリートは、ウンディーネの命令通りシャルロッテとイナンナのもとに行ったようだ。
ニコリと笑うウンディーネの表情に恐怖しながら、トワは慌てて刺身を口の中に放り込む。
あぁ……新鮮なお魚ってこんなにも味気なかったかな。
彼女の脳裏に死んだような表情で携帯食料をかじるレイの顔がよぎった。




