第六十六話 トワの旅その四~魔法学校~
救星の旅二十六日目。トワが旅立ってから四日目の早朝。
アクアテラスの宿屋で一晩明かしたトワは、その足で魔法学校までやって来た。
小さな町ならすっぽり収まりそうな広大な敷地面積。
その中央に佇む歴史を感じさせるレンガ造りの校舎棟。
美しく整えられた木々と、不可思議な魔方陣が所々刻まれた庭園はまさに別世界。
正門も最新式の防犯魔道具がこれでもかと言うほど設置されている。
優雅なようでどこか物々しくて、トワはこの雰囲気が少し苦手だ。
深呼吸を一つ、トワは職務に精励する勤勉な中年ガードマンに声を掛ける。
「あの~、シュターデン記念魔法学校初等部精霊魔法科三年生のトワ=グラーフです。学籍番号は1003。入場したいんですけど」
控えめにトワが頭を下げると中年ガードマンも相好を崩す。
「あぁ、トワちゃんだね……えっと、契約休暇中になってるけど」
「ちょっと野暮用ができまして」
「そうかい。まぁ、休暇中に校舎に入るのは禁止されてないし、問題なさそうだね。これ入館証ね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、みんな君みたいに素直な子ならこっちも楽なんだけどね」
カラカラと笑うガードマンから、ブレスレット型の入館証を受け取る。
これには学校内に点在するドアロックを解除する為の魔道具が組み込まれている。
シュターデン記念魔法学校はこの惑星の最高学府で、各国要人の子息令嬢も勉学に励んでいる為、セキュリティも大袈裟なくらい強固だ。
だが当然、こんな七面倒くさい事をしていれば、反感を持つ学生は現れるし、その矛先は自然とガードマンの方へと向く。
上流階級のクソガキどもの相手はさぞや大変だろう。
ガードマンの笑顔の奥に隠された苦労を思い、トワが心の中で頭を下げつつ、中庭に足を進めた。
「トワさん、ご機嫌麗しゅう」
「あぁ、シャルロッテ。おはよう」
突き抜ける様な甲高いお嬢様ボイスがトワの耳に突き刺さる。
声の主は赤を基調とした学生服に身を包んだシャルロッテ。
待ち合わせの時間ピッタリに仁王立ちして待ち構える彼女にため息を禁じ得ない。
「あら?随分とつれない返事ですわね。せっかく学園長様へのアポ取っておきましたのに」
「うん……ありがとう…………」
でもストーカー行為は辞めてほしい。
どうして自分は彼女にこんなにも気に入られてしまったのか?
トワはげんなりした気分でため息をもう一つ。
「アスさんもご機嫌麗しゅう」
(…………)
シャルロッテはトワのロケットペンダントに向かって、優雅にカーテシーをするが当然の無反応。
「無駄だよ。アスはアタシとレイお兄さん以外とは話さないように設定されてるから」
「あらそう、残念ですわ。せっかく珍しいお友達ができたと思いましたのに」
シャルロッテは少しがっかりした様子で呟く。
彼女にはトワの目的とアスとレイについてだけは少し説明している。(救星の旅については秘密)
レイについてはグラーフ族の魔道具技師でお兄さんみたいな人という事にしている。
アスはレイが作り出した魔道具という設定。
尚、レイの話をすると途端に不機嫌になるのが謎だ。
「では参りましょう。あまり立ち話をしていると会いたくない人間と鉢合わせするかもしれませんし」
「そうだね」
少し不機嫌な態度のシャルロッテがこちらに背を向ける。
トワは肩を落としながら彼女の後を追った……
……無駄に広い校舎を歩く事しばし。
校長室にて。
「失礼致しますわ」
「失礼します」
木製の扉を軽くノックしたシャルロッテが、返事を待たずに扉を開く。
その堂々たる振る舞いにトワが若干引きながら、その背中にそそくさとついて行く。
「……シャルロッテ。返事を待ってから入室なさい。ノックの意味が無い」
彼女達を出迎えたのは、見た目四十代の堅物そうな紳士。
緑の長髪をなびかせ、神経質そうにメガネを直しながらため息交じりの小言を漏らす。
「細かい事は良いではありませんか。校長先生」
「細かい事ではない。君はもう少し淑女としての振る舞いをだな」
「あぁ、小言は結構ですわ。そんな事よりも叔父様。折り入って相談があるのですが……」
真剣な眼差しのシャルロッテに、校長はこれ見よがしにため息を一つ。
「姪の将来を慮る私の言葉をそんな事で片付けるか……兄上に君の教育を託された私の身にもなって貰いたいものだ」
「あぁ~!あぁ~!聞きたくありませんわ~~!」
シャルロッテが首をブンブンと振りながら、子供じみた癇癪を起こす。
校長先生ご苦労様です、と心の中で合掌せずにはいられない。
「あの~、話をしても宜しいでしょうか?」
「あぁ~、グラーフ君すまない。大事な話があるのだったな」
「えぇ、実は……」
トワと校長はヒステリーを起こすシャルロッテを無視しつつ、話を進める。
「四大精霊イフリートと契約した……だと」
用件を聞いた校長は驚愕していた。
無理もないとは思った。
四大精霊は神聖魔法の神と同等の力を有する存在。
自分だってレイがいなかったら到底契約なんてできなかった。
「証明は……いや、忘れてくれ。ティオ=グラーフの末裔ならできても不思議はない」
「…………」
校長は大きく首を振った。
まるで自分の疑いを無理やり抑え込むように……
ティオ=グラーフの末裔という言葉には別の意味が込められている。
すなわち大魔法使いシュターデンの子孫と言う意味。
この事実は一般には知られていないが、魔法学校にいる者のほとんどは知っている。
この言葉は幾度となくトワに掛けられた言葉だ。
正直あまり好きではない。
自分は人よりも才能や血筋に恵まれているのは理解しているが、自身の努力を丸々否定されているみたいで、モヤモヤした気分にさせられる。
こういう言葉を当てられ続けると、自分の性格が悪くなっていくのが分かる。
昨日、ついシャルロッテの実家の話を引き合いに出してしまったのも、自分の鬱憤を晴らすための八つ当たりだったのかもしれない。
トワはシャルロッテがちゃんと怒ってくれた事に感謝していた。
閑話休題。
トワが悪意のない言葉に鬱屈とした想いを抱えていると……
「叔父様、その歳で耄碌なさいましたか?四大精霊が血筋如きで契約できるほど安い存在だとお思いで?」
叔父である校長をシャルロッテの碧眼が鋭く睨み付ける。
「……すまない、グラーフ君。今言った事は忘れてくれ」
「いえ、分かって頂ければ」
姪にピシャリと指摘されて、校長はハッとした表情を浮かべる。
トワも学友の言葉に感謝しつつ、校長の謝罪を受け入れた。
「コホン、話を戻そう。グラーフ君の希望は禁書庫の閲覧だったな」
「はい。特に四大精霊ウンディーネに関する本があれば」
咳払いと共に語る校長の言葉にトワが頷く。
ここで禁書庫について軽く説明しておこう。
魔法学校の図書室には一般人が自由に見られる普通書籍と閲覧に制限がかけられている禁書の二種類がある。
この場合の禁書は別に害悪があるという意味ではなく、難解過ぎて未だに解明されていない魔法理論や、シュターデン関係の歴史的に価値の高い書籍が該当する。
要するに一般に見せるにはまだ早い本の事だ。
禁書はその特性上、閲覧にはそれなりの知識と信用と資格が必要になる。
当然、ただの初等部学生のトワにその資格はない。
校長が手を顎に当てて、考えるような素振りをしながら口を開く。
「急ぎなら私の付き添いと言う形で入室を許可しよう。ただし私の手が空くのは放課後なので、それまでは学生の本分を果たす様に」
「エッ?アタシ、契約休暇中なんですけど」
トワは思わずギョッとした。
イナンナの事もあるし、正直授業に出たくなかった。
「契約はもう済んでいるだろう。勿論、新しい精霊との契約の為に残りの契約休暇を使うのは自由だが、君は我が校の学生だ。私達教師陣としても君を出来るだけサポートする義務がある。言っている意味は理解できるな」
「……はい」
要するに休みに融通を利かせてやるからイナンナとの件を片付けろと言う意味だ。
そして退学は認めないという意味でもある。
精霊との契約もしたし、疎ましい事が多すぎる学校でのお勉強ゴッコはもう不要だと思っていたからこそ、百日間休学という無茶な申請を出したのに……
「それに不肖の姪の事も少しは考えてやってほしい。君がいなくなったらコレはボッチ一直線だ」
「叔父様……血のつながったカワイイ姪に対して随分な言い草ですわね」
「事実だろう。言われるのが嫌だったら、グラーフ君以外の友人を作ってみろ」
「むきぃいいいいいい!言ってくれましたわね!この唐変木!」
無益な喧嘩を始める叔父姪を眺めながら、トワはため息を吐いた。
事態が落ち着いたら、もう一度色んな事を学び直そうと心に誓いながら。




