第三話 情報収集
煌めく風。
突き抜けるような青空。
青年は軽やかな足取りの少女に手を引かれていた。
「ねぇ、お兄さんはいくつ?」
「十八だ」
「うわ!案外年上なんだね。十五くらいだと思ってた!」
「そういう君はいくつだ?」
「ん?アタシ?この前十二になったばかりだよ」
「……思ったより若いんだな」
「どういう意味?」
「他意はない。自分の民族は他の民族に比べて若く見られる傾向がある」
「ふ~ん……そう」
無表情の嶺と口元を尖らせるトワ。
他愛もない会話。
嶺はこの特に意味の無いやり取りを楽しんでいた。
「お兄さんが住んでたのはどんなところ?」
「あまり楽しい所ではなかったな。建物も人も多くて騒がしくて……」
「へぇ……お兄さんって都会の人なんだ。もしかしてユルゲンの人?」
「ユルゲン?」
「あぁ、ゴメン。記憶が無かったんだった」
「……正確には欠けているだけだ。その場所にいけば思い出すかも」
「そう……だよね。うん!元気出していこう!」
コロコロと変わるトワの表情。
彼女は決して嶺を腫物扱いせず、自然体で接した。
その事に嶺は強い好感を覚えたと同時に、嘘を吐いている状況に心苦しさを感じていた。
それから歩く事しばし……
「ようこそ、グラーフ族の里へ」
トワに手を引かれ辿り着いたのは、十数張り程のゲル(モンゴルの移動式テント)の様な家で構成された集落。
小さな畑。
馬に羊にヤギが草を食み、それらを日焼けした女子供達が甲斐甲斐しく世話をする。
どうやら彼らは遊牧民のようなのだが……嶺はこの村の様子に違和感を覚えた。
「トワ、君達は遊牧民のようだが、何故畑が?」
「ん?なんでそんな事聞くの?」
「いや、自分が知る遊牧民は常に移動するから、農耕はやらなかったはずだが……」
「それってどこの国の話?地の精霊の力があれば、作物なんて三日で育つでしょう?」
「そういうモノ……なのか?」
呆れ顔で答えるトワ。
まさにカルチャーショックだった。
銀河同盟の農業プラントでもそこまで早くは育たない。
目を凝らして観察をしてみれば、畑がほんのり輝いているのが分かる。
「トワ、ここに男はいないのか?」
「お兄さん、質問が多いね。男は狩りの真っ最中。ほら、さっきみたいなモンスターに里が襲われたら困るでしょう」
嶺はトワの言葉に黙って頷いた。
(生体レーダーに村を取り囲むように人型生命体男性の気配あり。どうやら彼女は嘘を言っていないようだ)
この時、嶺は未知の環境に不安を覚えていたのかもしれない。
得体の知れない単語を喋る少女と見た事も無い原生生物。
自身の常識外の出来事に連続で遭遇したのだから無理もない。
モンスター……あのような異常発達した動物は銀河系には存在しない。
先ほどのグレートボアはイノシシをそのまま拡大したようなディティールだった。
通常の有機生命体なら自重に堪えられず歩く事すらままならないだろう。
(体の組成そのものが有機生命体と異なるのか?それとも……)
魔法……トワの口から聞いた未知の単語。
古代地球のそれと同じ意味だとするなら、原理不明の不思議な力。
おそらく作物を育てる精霊の力とやらも魔法なのだろう。
トワはコンバットモードを魔法だと思った。
つまり肉体を強化する魔法使いがこの惑星にいるという事。
「トワ、この辺に自分が先ほど使った……魔法と同等の事ができる人間はいるのか?」
嶺は渋い顔で問いかけた。
嘘を重ねた罪悪感からだ。
だが、それでも自分の武力がこの惑星でどのくらいに位置するのか知っておきたい。
実に軍人らしい思考と言えよう。
殺伐とした嶺の脳内とは裏腹にトワは手をひらひらと振りながら笑って応じた。
「多分この辺じゃあれだけ凄いマジックを使える人間はいないと思うよ。グレートボアを素手で殴り倒すなんて、それこそ大陸でも五指に入るんじゃないかな」
「マジック?」
「あれ?お兄さんが使ってた魔法ってマジックじゃないの?」
「……すまない。記憶に無くてな」
「あぁ、そうだったね。じゃあ魔法について教えてあげる。さっき助けてもらったお礼って事で」
トワはニカッと人懐っこい笑みを浮かべながら得意げに語り出した。
「まず、お兄さんが使ったマジック、正式名称は一般魔法。空気中に満ちた魔素を利用して肉体強化や地水火風の四大元素を行使する一番ポピュラーな魔法ね。初級以下の魔法ならちょっと練習すればだれでも使えるようになるし、ちょっとした魔法や身体強化ならアタシにだって使えるよ。こんな感じでね……」
トワは微笑みながら、指先からライターくらいの火を出した。
その光景に嶺は驚くと同時に本来彼が持つ少年の様な好奇心が刺激された。
「次に有名なのはホーリー……神聖魔法。神様の力をほんの少し借りて奇跡を起こす神官の魔法ね。そして大地の精霊を使役して超常現象を起こす祈祷師の精霊魔法。アタシらグラーフ族はこのエレメンタルを得意としているの。他にも陰陽道とか、道術とか、占星術とかもあるけど、その辺はほとんど使える人がいないからカットね」
「……博識なんだな」
「まぁね。アタシ、これでも魔法の成績はトップなんだ」
「そう……なのか」
ほとんどの単語が意味不明で理解不能だった。
嶺は顔を引きつらせながら、トワを称賛する事で何とか誤魔化した。
尤も純粋な彼女は満面の笑み。
(AS03、言語の解析を)
(了解、マスター)
AS03……嶺のパイロットスーツに組み込まれた支援AI。
嶺は思考だけでAS03に命令。
AS03は嶺の脳内にしか聞こえない声で応答。
それから待つこと一秒足らず。
(情報不足の為、言語の全容解析は困難。現時点で推測可能な単語は魔素のみ)
役に立たないAIに思わず舌打ちしそうになりながら、黙って解析結果を促す嶺。
(大気中にナノマシンサイズの有機生命体が無数に存在する事が判明。この有機生命体は一定以上の強い脳波を受ける事で特殊な現象を引き起こす性質を持っていると推測)
(つまり、この惑星の人間は脳波でナノマシンを操り超常現象を起こすと?)
(肯定)
(このナノマシンの人体に対する影響は?)
(ただちに影響は無いと推測。少なくともこの惑星の人間には無害であると断定。地球人であるマスターと、この惑星の人間との体組成がほとんど変わらない事から、九十八パーセント以上の確率で害はないと判断)
(二パーセントは害があるかもと?)
(肯定。ただしあくまでも可能性の話であると補足)
事実しか言わないAIに小さく舌打ちを打つ嶺。
「お兄さん?どうしたの?」
いきなり不機嫌になった嶺にトワが首を捻る。
「すまない。実は君の言った事が半分以上分からなくて」
「あぁ……もしかしてお兄さんって野良の魔法使い?」
「野良?」
「我流の魔法使いの事。そういう人って理論を吹っ飛ばして感覚で魔法を使うから」
「……あぁ、多分それだ」
「なるほど。そういう事か……」
トワはうんうんと首を縦に振る。
一方、嶺はまた嘘を吐いた罪悪感に表情を曇らせる。
「まぁ、色々大変だっただろうけど元気出していこう。もうすぐウチに着くし、ご馳走するから」
一際立派なテントの前に到着した二人。
中に入るように促すトワ。
その瞳には僅かな憐れみが浮かんでいた様に嶺は思えた。