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第六十三話 古文書

 真夜中の草原。

 レイはリーフと眠った彼の祖父を抱え、ロンディアの街の外まで逃亡していた。


「さて、ここまで来れば一安心だろう」

「レイ兄ちゃん……なんでモンスターに襲われたのにホクホク顔なの?」


 今、レイ達が置かれている状態を補足説明しよう。

 まず彼らがいるのはロンディアから三キロ程離れた見通し良い草原。

 そして彼らの周りには先ほどまでモンスターだったもの……つまり魔石の山。

 やったのは勿論レイ。


 モンスターは夜行性の種族が多く、夜中に人里から離れるのは自殺行為。

 それはルミナス人の常識なのだが、レイはそれを完全否定。

 借金取りの追跡から逃れる為にリーフの制止を無視してこの場にいるというわけだ。


 尤もレイにとってモンスターが襲って()()()のは嬉しい誤算だった。

 これで文無しから解放される。

 魔石やモンスターがお金に見える様になった辺り、自身が相当末期状態にあるのだと心の中で自嘲した。


「うぅ……うぅ~」


 レイが魔石を拾い集めているところに小さなうめき声。

 発生源はリーフの祖父。


「爺ちゃん!」


 意識を取り戻した祖父にリーフが駆け寄る。


「うぅ……リー……フ。ここは……」

「ロンディアの外れの草原です」

「あなたは……」

「レイ=シュート。あなた達をここに連れてきた者です」

「爺ちゃん。レイ兄ちゃんは俺達を助けてくれたんだよ」


 目覚めたばかりで意識が朦朧としているのだろう。

 リーフの祖父が虚ろな瞳をレイに向ける。


「レイ……殿。古文書を……国王……陛下に……」

「お爺さん。無理をなさらず」

「頼む……あれには……世界の危機が……」


 最後の力を振り絞った様にぐったりと倒れるリーフの祖父。


「爺ちゃん!」


 慌ててリーフが祖父に駆け寄る。


「大丈夫。眠っただけだ」


 レイが淡々とした口調でリーフを落ち着かせる。

 寝息を立てる祖父を見てリーフもホッと一息。

 そして……


「兄ちゃん。古文書の場所に案内するよ」


 決意に満ちた強い目でリーフが告げる。

 レイも彼の意思を汲み取り黙って頷いた。



 それから歩く事しばし。

 レイ達は再びリーフの自宅へと戻って来た。


「リーフ、ここか?」

「うん」


 今回は見張りが出払っていた為、楽に侵入できた。

 レイはリーフの指示で荒らされた部屋の壁を調べる。

 するとそこには普通は気付かないくらい小さな窪みがあった。

 レイが窪みに手を入れるとリーフも少し離れた壁を調べ始める。


「兄ちゃん。その窪みに爺ちゃんの指を当てて」

「こうか?」


 レイは言われた通り、リーフの祖父の指を窪みに当てる。

 すると、窪みの部分とリーフが調べていた壁が淡い光を放つ。


「個人識別か」

「うん。俺と爺ちゃんの指紋情報が無いと開かない特別な魔道具。爺ちゃんは考古学者であると同時に魔道具技師なんだ」


 リーフの声は誇らしげだった。

 説明を終えると同時に、レイとリーフの間の壁がガラガラと音を立てて開く。

 光に照らされた幼いリーフの顔が少しだけ大人びて見えた。

 きっとこの隠し扉の先は彼にとって神聖なモノなのだろう。

 それを他人に晒すのは相応の覚悟が必要なのだ。


「行こう。俺と爺ちゃんの研究室に……」


 扉の先には地下へと続く長い通路。

 土の壁に光る鉱石でも含まれているのだろうか?

 淡く光っている為、視界に困る事は無い。

 コツコツと足音が響く中、二人は終始無言だった。


「着いたよ」


 階段を降りた先には十畳ほどの小部屋。

 土をくり抜いて簡単に補強しただけの粗末な造りで、階段同様に壁や天井が光っている。

 壁際にはびっしりと本棚が並び、そこに膨大な資料が収められている。

 部屋の中心には机が一つと椅子が二脚。

 机の上には研究資料と思しき本や巻物が整然と並べられている。

 リーフは机の資料から一冊の冊子を取り出す。


「これがさっき話した古文書」


 それは古文書というにはあまりにも異質だった。

 まず経年劣化がほとんど見られない。

 次にしっかり製本されている。

 最後にこの世界では一般的な左開き横書きではなく右開き縦書きだ。

 そしてそのタイトルは……


「『魔素式大気圏内戦闘艇グレイプニル設計図』」


 レイは日本語で書かれたそれに目を見開いた。


「あれ?兄ちゃんこれ読めるの?爺ちゃんだってこの文字の翻訳に五年かかったのに」

「あぁ……」


 レイは古文書改めグレイプニル設計図をパラパラとめくりながら、混乱の極致にいた。


(在り得ない……きっと思い過ごしだ)


 レイは頭を振り、思い浮かんだ思考を外へと追いやった。


(シュターデンが宇宙艦隊の人間だからそう思うだけだ)


 設計図に書かれた日本語が、何故かとても見覚えがある気がした。

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