第六十話 突発クエスト
ロンディアの裏通り。
ここは大通りとは打って変わって陰気で治安も良くない。
その代わり身を隠すにはうってつけだ。
レイは自分を災難に巻き込んだ少年の案内で薄暗い路地を奥へ奥へと進んで行った。
「そろそろ説明してもらおうか?何故、自分を巻き込んだ?」
「ははぁ、ごめんって。たまたまボーッとしてる間抜けな兄ちゃんがいたから、弾除けくらいにはなるかなって」
「…………」
全く反省の色を見せず、ヘラヘラと笑う少年をレイはギロリと睨み付けた。
「怒んないでよ。こっちだって被害者なんだから」
「説明を……」
レイは苛立ちを抑えながら少年に状況確認。
「う~ん。俺も何の事かさっぱり?」
「しらばっくれるな。相手は君に何かを要求していた。巻き込んでおいて黙秘権があるとでも」
頭を掻きながら惚ける少年に、レイは淡々と且つ鋭く詰め寄る。
少年は観念したとばかりに首を振る。
「えっと、兄ちゃん。他言無用でいいかな?」
「内容による」
「例えば?」
「君が要求された物に違法性があった場合、治安維持組織に突き出す」
「えっ!そんな事言ったらウソつくかもよ?」
「それは自分の方で判断する」
少年はお手上げとばかりに肩をすくめる。
「まず自己紹介から。俺はリーフ。兄ちゃんは?」
「……レイ=シュート」
しかめ面のレイが少年……リーフに応じる。
レイからしてみれば彼に自分の身元を明かす謂れはないのだから不機嫌になるのも仕方がない。
「レイ兄ちゃん。俺の爺ちゃんは考古学者をしてるんだけど、奴らが狙っているのは爺ちゃんが発見した古文書なんだ」
「古文書?」
「うん」
首を傾げるレイに、リーフが頷く。
「爺ちゃん借金があってさ。さっきの連中は借金取り。アイツら、借金の期限はまだ先だって言うのに、古文書の価値が分かった途端、それを寄越せって」
「なるほど……」
レイは相槌を打ちながら、頭の中でアスに指示。
(アス。リーフについてどう思う?)
(脈拍、心拍、呼吸、発汗、体温から嘘は検知できず)
レイはとりあえず信用しても問題ないと判断した。
ただし、
「君の事情は理解した。だがそれは他人を巻き込んでもいい理由にはならない」
「うぅ……ゴメン」
レイは鋭い口調で正論パンチを振り下ろす。
今回はレイだからよかったが、これが一般人だったら大怪我では済まされなかっただろう。
少年にも良心の呵責はあったのか。
リーフはバツが悪そうにすごすごと頭を下げる。
「でもレイ兄ちゃん凄ぇよな。肉体強化魔法であんなに高く飛べるなんて」
しおらしい態度から一転。
リーフは嬉々としてレイをおだて始める。
「肉体強化魔法って結構一般的だけど、レイ兄ちゃんほどの使い手は中々いないよね。もしかして有名人だったりする?」
「何が目的だ?」
レイはリーフの態度が変わった事に不信感を抱いた。
何故なら……
(リーフの発言に嘘の兆候あり)
アスの無機質な声がレイの脳内で警告。
この少年を完全に信用してはならないと。
「いや、別に下心なんて……」
「白々しい。言ってみろ」
ヘラヘラと誤魔化そうとするリーフに、心底うんざりしながら問い質す。
リーフもその空気を察したのだろう。
観念したとばかりに頭を振る。
「分かったよ、言うよ……兄ちゃん!爺ちゃんを助けたい!力を貸してくれ!」
リーフが頭を下げて懇願する。
「爺ちゃんは今、借金取りに捕まっている。古文書の在り処は俺と爺ちゃんしか知らないんだ。だから……」
リーフは藁にもすがる想いなのだろう。
悪漢に追われ、身内を捕えられ、頼れる人間はたまたま居合わせた見ず知らずの自分のみ。
トワよりも小さな少年には過酷過ぎる状況。
「分かった。ただし、いくつか条件がある」
レイがため息混じりに呟く。
リーフに対してではない。
トワと彼を重ねてお節介を焼く自分に対してだ。
リーフは破顔しながら顔を上げる。
「まず一つ目。絶対に自分から離れない事」
いつでもリーフを護れるように必要な処置だ。
彼も納得して頷いた。
「二つ目。お金ができたら絶対に借金は返す事」
どさくさに紛れて踏み倒しは許さない。
生真面目なレイらしい要求。
リーフは目を丸くしながら渋々頷いた。
「最後に報酬として、お爺さんの奪還までの食費は君が持つ事。自分は今文無しだ」
リーフはポカンと口を開いて呆けた。
レイの要求が意外だったからだろう。
だがレイにとって、食事が無い事は死活問題だった。
軍人として兵站の大切さが分かっているのは勿論の事、ルミナスで食の楽しさを知ったレイにとって、食事のお預けは耐え難い苦痛なのだ。
この辺はトワの影響だろうと内心で苦笑い。
「この条件で問題ないか?」
いつまで経っても返事をしないリーフに再度と問いかける。
「よろしく……お願いします」
リーフが気の抜けた声を漏らしながら頷く。
交渉成立。
こうして不運なレイの突発クエストが始まった。




