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第五十七話 それぞれの出発

 所変わって、廃墟の港町の海岸。

 シーサーペントから脱出したレイ達にもたらされたのはイフリートとマオと観測者の話。

 イフリートの話を聞き終えたレイは頭を抱えた。

 にわかには信じられない内容だったからだ。


「イフリート。君はそのマオと言う老人の正体を知っているのか?」

『知っているが言えない』


 レイの問いにイフリートが表情を曇らせる。

 心底申し訳なさそうな仕草にレイはため息を一つ。


「……そうか。では質問を変えよう。マオは信用してもいいのか?」

『あぁ、そこは我と監視者が保証しよう』


 レイはイフリートの答えにとりあえず納得した。

 彼にとって重要なのはマオが何者かではなく、マオの情報が有益かの一点にあった。


「みんな、どう思う?」


 レイがトワ達に問いかける。


「そうだね……アタシはお爺ちゃんを信じてもいいと思うよ。祈祷師として自分の精霊を信じているっていうのもあるけど、直接話して嘘を吐けない人だって分かったから」

「私もトワ様に同意です。アヤメ様、もう遺物の調査は始めているのですよね?」

「あぁ、あたいも里に戻ったら調査に参加する予定さね」


 トワ達は頷きながら応じた。

 だがクオンは一人渋い顔……


「レイ様。ゲイリー=アークライトとは何者ですか?マオ殿の言葉を信じるなら、あなたの上司に当たる方とか……そんな相手とあなたは戦えるのですか?」


 クオンは眉をへの字にしながら問いかけた。

 おそらく心配しているのだろう。

 レイが情に流されて戦いに支障をきたす事に対して。


「そうですね……話しておくべきでしょうね。」


 レイは背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐな視線で全員の目を見た。


「ゲイリー=アークライト大佐。宇宙艦隊歴代最強と謳われる士官で自分の師匠に当たる人物です」

「!!!」「!!!」「!!!」


 トワ達はこれでもかというほど大きく目を見開いた。


「正義感が強く人情に厚い人で、自分の両親とは親友関係にありました。病気の妹の治療に援助もしてくれましたし、軍に入ってからは自分を何度も助けてくれました」

「……」「……」「……」


 トワ達はじっとレイを見つめながら言葉を待つ。


「クオンさんが心配する通り、自分にとっては戦いにくい相手です。でもそれ以上に自分より遥かに強い人です。あの人と戦うくらいならシーサーペントともう一度、単騎で戦った方がマシだと思える程に……」

「……それ、本気かい?」


 口を開いたのはアヤメだった。

 その額にはうっすらと汗。


「至って本気です」

「うん、知ってる。あんたが嘘を吐けない事も……そしてあんたが相手の実力を読み誤らない事も……」


 苦いモノを噛み潰した様な表情でアヤメが吐き捨てる。


「私としては信じがたい……いや、信じたくない話ですね。あの怪物よりも強い人間と対峙するなんて」


 クオンが額に手を当て、大きなため息を吐く。


「それ以上に問題なのが旗艦グングニルの存在です」


 レイの手のひらから汗がびっしょりと噴き出した。


「主砲のオーディンスピアは射程距離十光秒(三百万キロ弱)で惑星ぐらいなら一撃で粉砕する威力があります。副砲のフォトンキャノンや量子爆雷もこの大陸を吹き飛ばすには十分な威力。防御スクリーンはシーサーペントの主砲を一万発受けてもビクともしないでしょう」

「……お兄さん。そんなのとどうやって戦うつもりなの?」


 トワがゴクリと唾を飲み込みながら、不安気に問いかけた。


「トワ。戦っても勝ち目はない。だが、あちらを一時的にでも無力化する方法はある」


 レイの声のトーンが下がる。


「自分がこの惑星にいると相手に伝われば、惑星への直接の攻撃は回避できるでしょう」


 銀河同盟は世間体を重んじる。

 同胞がいる惑星に主砲をぶち込んだとなれば、味方殺しの汚名は回避できない。

 未開惑星不可侵条約もあるし、ゲイリー=アークライトの性格を考えれば、攻撃をためらうのは必然。


「そうなると、相手はレイ様の奪還に躍起になるのでは?」


 レイの言いたかった事を先回りするように、クオンが渋面で呟いた。


「ご指摘通りです。おそらく惑星軌道上に着いたグングニルは地上制圧の為に戦闘艇フェンリルを差し向けてくるでしょう」

「フェンリル?なんだいそりゃ?」


 分からない単語だらけの会話にアヤメが眉をひそめる。

 レイは表情を曇らせながら答える。


「シーサーペントよりも優れた機銃やレーザー兵器を有する空を飛ぶ船。そして自分がここに来る前に乗っていた機体です」


 少しだけ声が震える。

 じわりと手から汗が滲み出る。

 一体自分はフェンリルでどれだけの命を奪って来たのか。

 目の前の仲間を真っ直ぐ見る事ができない自分がいた。


「でも希望はあるよ」


 お通夜状態になった空気を払しょくする様に、トワが明るい声を上げた。


「憶えてる?マオお爺ちゃんがやった事」


 アヤメとクオンはハッと目を見開いた。


「お爺ちゃんは魔素を使って、シーサーペントの光を捻じ曲げた。そしてこう言った。『これは魔素の力の一端』って。つまり……」


 トワはスッと深呼吸。


「アタシ達は……魔法使いはもっと強くなれるって事!」


 トワの声は強い意思と決意に満ちていた。

 それに呼応する様にアヤメとクオンの口元が綻んだ。


「そうさね。あたいとした事が強そうな敵にビビっちまってたよ。敵が強いからなんだってんだい!それならあたいらはもっと強くなればいいんだよ!」

「単純ですね。強くなるあてでもあるのですか?『三式』殿?」

「チッ!嫌味なヤツだねぇ。まぁ、いいさね。次、会う時は『五式』になってるからさ」

「ほう、それは恐れ入りました。まさかたった三十日で陰陽道の頂点『五式』を目指すとは」

「目指すんじゃないよ!なるんだよ!それよりあんたは大丈夫なのかい?『神の薬』」


 アヤメが不敵に笑う。

 その言葉にクオンは一瞬目を見開き……そして目を細めた。


「あてならあります。でもその前に王国と公国の下らない冷戦を終わらせてからですね。今回の事態、国同士がいがみ合っていては解決など到底不可能でしょう」

「はぁ?今更国なんてあてになるのかい?」

「少なくとも足は引っ張られなくなります。真っ先に足を引っ張った公国の人間が言うのは忍びないのですが……」


 クオンが眉をへの字に曲げ、ため息を一つ。

 アヤメも思わず肩をすくめる。


「まぁ、無駄じゃないならやる価値はあるさね。まぁせいぜい頑張りな」

「はい、お互い頑張りましょう。未来の『五式』殿」

「ぶっ飛ばすよ」


 笑顔で武装したクオンと仏頂面のアヤメがパンッとハイタッチ。


「レイ君、トワちゃん。あたいはこの辺で失礼するよ。今度会い時は最強の陰陽くノ一『五式』のアヤメになってるからさ」


 カラッとした笑顔を残しアヤメが姿を消す。

 貴重な呪符を使ってまで演出に拘るのは、神秘的な見た目に反してお調子者な彼女らしい。


「私もこの辺で失礼します。公国と王国の説得に力の入手と多忙を極めますので」


 やれやれと言いたげに肩をすくめるクオン。

 普段通りの感情が見えない笑顔だったが、その背中は本当に笑っているように思えた。


「お兄さん、これからこのデカブツを使って装備を作るんだよね……」


 二人を見送った後、トワは意を決した様な、真剣な面持ちで言葉を紡いだ。

 レイは黙って頷き彼女の言葉を待った。


「アタシ……連邦の魔法学校に()()()と思うんだ」


 レイは小さく頷いた。

 彼女は日常に戻るつもりなのだろう。

 少しの寂しさと大きな安堵にレイはため息を吐いた。


 これから宇宙艦隊と事を構えるのだ。

 戦いは熾烈を極めるだろう。

 幼い彼女が戦線離脱してくれるのは喜ぶべきことだ……

 そう自分に言い聞かせていた。


「お兄さん……何か勘違いしてない?」


 途端にトワがふくれ面になる。


「言っとくけど、都会のお嬢様達と魔法ごっこをするつもりはないからね」


 レイは困惑した。

 日常に戻る以外に学校に行く理由が思いつかなかったからだ。


「魔法学校には魔法の本がたくさんあるんだよ。そしてその中には、四大精霊の情報も……」


 レイは面食らった。

 トワは危険な戦いに身を投じる覚悟だ。

 エメラルドの瞳に宿る強い光がそう語っていた。


「お兄さん。止めても無駄だよ」

「分かっている」

「宜しい。それで一つお願いなんだけど……」


 トワが上目遣いでこちらを見つめる。

 これは何かを強請る時の顔だ。

 レイは思わず後ずさる。


「ダメ?」


 レイの頭に妹の杏の顔がよぎる。

 涙目でおねだりするトワにレイはとうとう根負けする。


「…………分かった。何をすればいい?」

「ありがとう!」


 満面の笑みでトワが要求を口にする。


「……まぁ、いいだろう」

「やった!お兄さん大好き!」


 レイは特大級のため息を一つ。

 どうやら自分は一生妹には勝てない様だ。

 諦めと共にレイは複製機(デュプリケーター)を操作するのであった。

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