表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/208

第五十六話 マオと観測者とイフリート

『我を呼び出してどういうつもりか?観測者よ』


 イフリートは苛立っていた。

 彼の目の前には真っ黒な何もない空間。

 戦闘が終わったとはいえ、まだレイの安否がはっきりしない状況。

 いつトワからの呼び出しがあるか分からない。

 トワ達の状況を逐一把握したいのに、それができないのが非常に腹立たしかった。


『申し訳ありません。あなたに会わせたい方がおりまして』


 漆黒の空間から現れたのはクスクスと笑う真っ黒な少女。

 確かレイの妹を模した姿だったか。

 (レイ)の前でこんな姿をしていたと思うと、その悪趣味さに吐き気を催した。


『会わせたい方とな?』


 イフリートは威厳に満ちた威圧的な声で問いかけた。


『そう怒らないで下さい。彼らの安全は確認済みです』


 こちらの心を見透かしたように観測者がクスクスと笑う。

 その人の神経を逆撫でするような声にイフリートは苛立ちを募らせた。


「その辺にしようか。君は感情表現が下手なのだから」


 不意にイフリートの背後から聞こえる老人の声。

 漆黒の空間に響くしわがれた声は静かなのに何故か逆らい難い力を感じた。


『貴殿は?』

「今は……マオと名乗っております。『無』って意味だけど、存外今のわたくしにぴったりで気に入っているんですよ」


 イフリートが振り返るとそこには柔和な老人の姿。

 マオを見た瞬間、イフリートの心は大きくざわついた。


『そんなバカな!何故……貴方が…………貴方様がここにいる!』


 イフリートは声を荒げた。

 精霊の本能で彼の正体は一目で分かった。

 在り得ない……だって……このお方は……


『貴方様はもうお亡くなりになったはず!』


 イフリートが知る限り、マオはもうずっと昔に死んでいる。

 文字通り幽霊を見るような視線にマオは苦笑いを浮かべた。


「らしく無いですね。あなたはわたくしが死ぬところを見たのですか?」

『そ、それは……』


 確かに見てはいない。

 だが、そんな事確認するまでもない。

 何故なら……


『イフリート。正直私も驚いています。まさかこの方がこの時代にいらっしゃるなんて』

『ほう、貴様に驚くという感情があったとはな……と言いたいところだが、それに関しては我も同意だ』


 イフリートは驚愕する観測者を見て、二重の意味で驚いた。

 そんな少女と魔人を眺めながら、マオは困ったように小さく笑った。


「う~ん、どうやらプログラムが不完全だったようですね。わたくしに関する情報を他人に漏らせない様にしたはずなのですが」

『何故そのような真似を……』

「機密保持の為です」


 老人は白髪を掻きながら首を捻った。

 イフリートはマオの飄々とした仕草に何故か違和感を覚えた。


「まぁいい。あまり()()からイフリートを借りるのも良くない。手短に話を済ませましょう」


 マオは柔らかな口調で言葉を紡ぐ。


「一つ目。シュターデンの遺物について。そちらの情報については数日中に葉隠れが見つけてくれると思いますので、自分達で探す必要はありません」


 何気ない口調でマオが未来を語る。

 その事についてイフリートは特段不思議には思わなかった。

 この方なら予言の一つや二つできて当然だと思ったからだ。


 ここでマオが一呼吸。

 頭の中で言いたい事を整理する様に、視線を少し上へと向ける。


「二つ目。遺物の場所が分かってもすぐに行ってはいけません。どうせ行っても門前払いです。シュターデンは遺物の起動タイマーを今から三十日後にセットしております故」


 マオは再び視線を上に向けた。

 どうも考え事をする時に上を向くのが彼の癖らしい。

 イフリートは黙って彼の言葉を待った。


「そして三つ目。これが一番重要なのですが、三十日間でやって欲しい事です。まずシーサーペントの素材で装備の強化。それから星間通信装置の作成。ゲイリー=アークライトとの対話です」

『ゲイリー=アークライト?』『ゲイリー=アークライト?』


 イフリートと観測者は声をハモらせながら首を傾げた。

 聞いた事の無い名前だったからだ。

 そんな二人にマオは柔和な笑みを向ける。


「敵将の名前ですよ。そしてあの若造の上司にして恩人。最強の宇宙艦隊士官です」


 イフリートは思わず首を捻った。

 マオが目を細めながら笑みを浮かべていたからだ。


「相手と話すのは大切な事です。例え避けられない戦いだったとしても……」


 若者を諭すような口調。

 それは少し寂しそうでもあった。


「イフリート。どうかあの頼りない若造とトワ達をお願いします。彼らには……そしてティアラにはあなたの力が必要です」

『承知』


 炎の魔人は肩を震わせ、深々と頭を下げた。

 ()()に想いを託された。

 それは武人の誉れだった。


「××……一万年間ご苦労様。君の努力は報われる。わたくしが予言します」

『うぅ……はい』


 真っ黒な少女は肩を震わせ泣いた。

 そのすすり泣きは今までで一番機械的な声質にもかかわらず、喜び・悲しみ・懐かしさ・憤り・怒り・驚き・満足・安らぎ……ありとあらゆる感情が統合されたような複雑な色を帯びていた。

 マオは震える××の肩をそっと抱きしめその頭を優しく撫でた。


「もう大丈夫。これからはわたくしも一緒です」

『はい……』


 機械的で感情豊かな声の少女はその姿を霧散させ、漆黒の空間へと溶け込んだ。


『マオ殿。これは……』

「一万年という時間で散り散りになったあの子の意識が統合されました。あの子にとって一万年の孤独は辛いモノだったのでしょう」


 マオは少女が消えていった虚空を寂しそうに眺めた。


「イフリート。わたくしは罪深い人間です。全ての結果を知りながら、若者にいばらの道を歩ませる」

『マオ殿……』


 イフリートは息を詰まらせた。

 彼は……いったいどれだけの苦難を乗り越えてこの場に立っているのか?

 そしてその瞳はどれだけの悲劇を見つめてきたのだろうか?

 そう思うと胸が締め付けられそうだった。


 そんな思いを察したのか。

 マオはイフリートに柔らかく微笑んだ。


「イフリート。わたくしは満足しているんです。だからどうか……あなたは最後まで見届けて下さい。わたくしの罪の結果を」

『……御意』


 イフリートは再び深く頭を下げた。

 主命だからではない。

 一人の人間に託された最後の想いだったから……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ