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第五十四話 再戦その六

 ガ=デレクとの戦闘後。

 どれほどの時間が経っただろうか。


「よぉ……シュターデンの種。起きてるか?」


 レイは淡い照明の光とガ=デレクの声で目が覚めた。


「生きて……いたのか」


 フラフラの身体で立ち上がろうとするレイ。


「待て待て……俺にもう敵意はねぇ」


 弱々しい声でガ=デレクがレイを制する。


「俺はもうすぐ機能停止する。だから最後に罪滅ぼしってわけじゃねぇけど俺の知ってる情報を教えてやろうと思ってな」

「……信用できない」


 レイは今度こそ立ち上がり、ビームブレイドを振り上げる。


「シュターデンについて……知りたくないか?」


 ガ=デレクが途切れ途切れに声を絞り出す。

 レイの剣先が動きを止める。


「聞こうか」

「けっ!最初から……そう言え……ってんだよ」


 ガ=デレクは不機嫌そうな口調で語り出した。


「まず、俺らの素性についてだ。多分予想はしているだろうが俺らは元宇宙艦隊の兵士だ。俺は辺境警備艦隊所属ガ=デレク准尉。あの頃の俺は士官学校を卒業して間もない新兵だった」


 ガ=デレクは記憶を探る様に、言葉を探す様に、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「俺は配属先ですぐに得体の知れない予防接種を受ける事になった。後から知った話だが、それは『アラヤシキ』とかいう、人間を洗脳するナノマシンだった。

 『アラヤシキ』を投与された後の数年間の記憶は今でも薄ぼんやりしている。何かの命令に従って敵と戦い殺す。そんな記憶と妙な幸福感だけが俺の中に残っている。

 そんな自由も誇りも無い操り人形のような生活を送っていたある日。俺らの部隊に一つの任務が下った。脱走兵の抹殺だ。

 俺らは頭の中に響く声に従って敵を殺す為に出動した。俺らは敵を追い詰めた。だが、敵はあろうことかワームホールに逃げ込んだ。俺らも頭の中の声に従いその後を追った。

 そして辿り着いたのが、このルミナスだった」


 レイは黙って頷いた。

 どうやら観測者が言っていた空の悪魔とはこいつらで間違いなさそうだ。


「ルミナスに辿り着いて最初に感じたのは、頭の中の声が消えた事。俺はその時、初めて自由を感じる事ができた。元々俺は軍人になんてなりたくてなったわけじゃないからな」


 ガ=デレクは自嘲気味に笑った。

 おそらく彼もレイと同様、銀河同盟で抑圧されていた人間の一人なのだろう。


「空からやって来た俺らを現地民は警戒した。俺らだって最初は仲良くしようとしたんだ。だが結果はご覧の通り。不信感から些細な(いさか)いが起こり、それがやがて大きな戦禍へと発展した。俺らは自らを護る為に自身の身体を改造した。その成れの果てが今の俺ってわけだ……」


 ガ=デレクは泣きそうな目をしながら、口元を不気味に歪めた。


「全く惨めだろう!俺らは現地のサル共とちょっと遊んだだけなんだぜ。ガキンチョの肢体をもいで殺したり、女を家族の前で犯したりしただけだってのによぉ!あの原始人共!マジになりやがって!サル共の泣き叫ぶ姿は少し笑えたけど、セックスもできない身体なんて割に合わねぇよな!」


 ガ=デレクが醜悪に笑う。

 その悍ましい表情にレイは吐き気を催した。


「そしてあのシュターデンだ!いきなり現れて俺らの邪魔しやがって!俺らはただ面白おかしく遊んでただけなのに!アイツさえいなければ俺らが劣勢になる事も無かった!アイツさえいなければ俺がこんな惨めな身体になる事も無かった!アイツさえいなければ!」


 醜悪な笑いが憎悪に染まる。


「シュターデンの種!テメェさえいなければぁあああああ!」


 ガ=デレクの憎悪の矛先がレイへと向く。


「ガ=デレク。そのシュターデンの種というのは?」


 レイは努めてポーカーフェイスを作りながら問いかける。


「はぁ?……まさか……テメェ……なにも知らねぇのか?」


 ガ=デレクは呆けた顔で呟く……そして、


「はぁあああははははぁあぁぁあぁはぁああ!傑作だ!こんな滑稽な話があるか!まさか!はははははっはははははははははっははぁあああああああ!」


 狂ったように笑い出した。

 レイは目の前の醜悪で下劣で理解不能な汚物に激しい嫌悪感を覚えた。


「戯言はいい。それよりも貴様の仲間、若しくはシュターデンの遺物について吐け」


 レイは不快感を抑えながら、ガ=デレクに詰め寄った。

 だがガ=デレクは心底レイを馬鹿にした様子で吐き捨てた。


「知らねぇよバーカ!知ってても教えるかよ、クソボケが!それよりいいのか。俺なんかと悠長におしゃべりしててもよぉ」


 ガ=デレクが心底可笑しそうに笑いながら指をパチンと鳴らす。

 次の瞬間、レイの眼前の壁がガタンガタンと音を立てながら左右に開き、指令室と思しき部屋が姿を現す。


「中に行ってみな。面白いモンが見られるぜ」


 ガ=デレクが醜悪な笑いを深める。

 レイはそれを不快に感じながら、奥へと歩を進める。


「……バカな!」


 レイは愕然とした。

 無機質なコンソールと映像ディスプレイが並ぶ指令室。

 そこで見たモノは……


『主砲発射まで、残り十秒……』


 コンソールから流れるカウントダウン。

 シーサーペントのフォトンキャノンにエネルギーが送り込まれていた。

 その標的は……トワ達三人だった。


『五・四・三』

「うぉおおおおおおおおおおおお!」


 レイの手にはビームブレイド。

 レイは絶叫し、怒りと憎しみに任せてガ=デレクを切りつけた。


「いいねぇ……その顔…………やっぱりテメェにはこの方法が一番だ」


 ガ=デレクは心底愉快そうな歪んだ笑顔で爆散した。


『二・一……』

「ぁぁ…………」


 遅かった。

 核であるガ=デレクを倒してもカウントダウンは止まらなかった。

 レイの口から声にならない叫びが漏れる。


『〇……発射』

「うぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ディスプレイを埋め尽くす目を焼くような眩しい光。

 フォトンキャノンの閃光がトワ達を飲み込む……


 完全に火が落ちた艦内。

 絶望の声だけが木霊した。

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