第五十二話 再戦その四
廃墟の港町の海岸。
クオンは一人疲れた表情を浮かべていた。
「あの方は……本当に無茶苦茶をする」
クオンは誰もいない空に向かって毒づいた。
自身の隣で光り輝き続けるラファエル。
ラファエルにはレイを癒し続ける様に指示を出したが、力の行使が止まらない。
(毎秒数本のペースで骨折し続けている。動くたびに内臓にも甚大なダメージを負っている。すぐに癒しているとはいえ、苦痛は相当なモノ……)
普通の人間に耐えられるわけがない。
だが依然として回復魔法は発動し続けている。
「私は……祈る事しかできないのでしょうか」
クオンは空を見上げた。
そこには黒い飛行物体が海の怪物に吸い込まれる光景。
ブラックファルコンの目的は、シーサーペントの奥深くに入り込んだレイを排除する事。
敵を倒せない自身の無力を誤魔化す様に、クオンはただただ手を合わせて神に祈った。
廃墟の港町の市街地跡。
トワとアヤメは焦りを覚えていた。
「拙いね……あれだけ派手に立ち回ったのにこっちには見向きもしない」
「お兄さん……見つかっちゃったのかな……」
先ほどまでブラックファルコン相手に大立ち回りを演じていた二人。
だが、今はこちらに食いつく気配が全く見られない。
トワが手あたり次第炎をまき散らして自分達の居場所をアピールしても、アヤメが大声で喚き散らかしても、通りすがりのブラックファルコンを撃墜しても、こちらには目もくれない。
「お姉さん。アタシ、お兄さんの所に行きたい」
「えっ!それじゃ作戦が……」
トワの懇願にアヤメは一瞬ためらった。
アヤメの任務に重きを置くスパイの部分が現場放棄を躊躇させた。
何よりレイにトワの事を任せられている。
トワを危険な場所に連れて行くわけにはいかない。
だが……
「そうさね。ここでじっとしていても何も変わらないしね」
アヤメは人情に厚い。
任務と仲間の心配を天秤にかけた場合、アヤメは必ず仲間を選んでしまう。
レイの無事は気になるし、トワの不安も解消してあげたい。
結局アヤメはトワを小脇に抱えて、海岸へと走る羽目になった。
お人好しで任務に対してストイックになれない自分にため息を吐きながら……
シーサーペント、ブラックファルコン格納庫。
広大で無機質な艦内を埋め尽くす無数の黒い飛行物体。
レイはブラックファルコンに取り囲まれていた。
『テメェ!どうやってこ……』
「せい!」
突然の侵入者に狼狽える品の無い男の声。
声の発生源はシーサーペント本体の艦内放送。
男の声は何か喚き散らしている様だが、レイに耳には届かない。
彼はオーバーリミットモードの激痛の中、如何にブラックファルコンを効率的に倒すか全神経を集中していた。
格納庫内を埋め尽くす爆音。
男が喋っている間にも、ブラックファルコンが次々に撃ち落とされる。
『テメェ!問答無用かよ!』
「はぁああああああ!」
レイを中心に巻き起こる破壊の嵐。
音速を超える速さで艦内を縦横無尽に駆け、ビームブレイドを振るうたびに爆風を巻き起こす。
一振りでブラックファルコンがまとめて二、三機撃墜し、それを一秒間に数十回繰り返す。
軋む骨。
潰れる内臓。
口から吹き出す血の味を噛みしめながらレイはビームブレイドを振るう。
傷ついても回復してくれるクオンの魔法を信じて……
今も陽動に尽力してくれているトワとアヤメを信じて……
『ちぃ!バケモノめ!テメェはまた……テメェはまた……俺の前に立つ塞がるか!……しゅ……』
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおぉ!!!」
レイの咆哮が艦内を支配する。
外から侵入してきた分も含めたブラックファルコンをレイは瞬く間に殲滅した。
『チッ!話す気はねぇってか……舐めやがって』
男の声がボソリと呟く。
『さっさと中枢に来やがれ。テメェはこのガ=デレク様が血祭りに上げてやる』
怨嗟の声を吐き捨てたきり、男ことガ=デレクの声が艦内放送から消える。
「AS03!中枢への方向は」
(艦体中央部に制御用コンピューターあり。そこにガ=デレクがいると推測。最短ルートをディスプレイに表示)
無機質な機械音声と共にシーサーペントの艦内図がヘルメットに映し出される。
図面によると中枢部分は現在地の二階層真下にある。
AS03の推奨ルートは艦首階段から最下層に降りて、その後中央部に進み、階段で二階層上がるルートだ。
「時間が掛かり過ぎるな……」
レイはポツリと呟きながら、地面にビームブレイドを突き刺す。
鉄が焼ける匂い。
光の刃が人一人通れるだけの穴をこじ開ける。
……くり抜いた床から飛び降りた先。
ものの数秒で目的地の中枢エリアへと到着した。
「ふざけやがってぇよぉぉぉぉおおおお!どうしてくれんだよぉぉおおおおお!せっかく用意したトラップが全部パァだぁぁああああ!」
レイの目の前には殺風景で沢山の計器だけが並んだだだっ広い部屋。
そしてその中央で不機嫌そうに声を荒げる銀色の皮膚に覆われたアンドロイドの男。
体格はレイより少し大柄。
一応軍服は着用しているが着崩しており、その姿はツンツン髪の如何にも頭の悪い不良だ。
ガ=デレクは旧時代の田舎の不良宜しく、巻き舌でがなり声を上げながらレイを威嚇する。
「お前がシーサーペントの本体か?そちらにも言い分があるだろうが、殲滅させてもらう」
レイはあくまでも冷静にガ=デレクに刃を向ける。
「すかしてんじゃねぇぞ!クソがぁぁぁああああああああ!」
雄叫びと共にガ=デレクの両手がガチャガチャと音を立てて変形する。
その形状はガトリングガン。
「今度こそ!テメェをハチの巣にしてやらァァアアアアアア!」
爆ぜる銃声。
目を血走らせたガ=デレクの凶弾がレイを襲う……
敵はシーサーペントと融合したアンドロイドの男ガ=デレク。
レイはビームブレイドを手に立ち向かう。
宇宙艦隊大尉周藤嶺としてではなく、ルミナスの住人レイ=シュートとして。




