第四十七話 お告げ
八日前。レイが時計台を脱獄した少し後の事。
クオンは大公トライス=デ=テューレ=リシュタニアの執務室に呼び出された。
「クオンよ。そちが何故呼び出されたかは分かるか?」
「心当たりはいくつかございます」
「そうか……」
トライスの威厳に満ちた声に、神官らしい秩序の番人の仮面で武装したクオンが答える。
「そちは相変わらずじゃな……可愛げがない」
「神官の採用条件に可愛げは含まれていなかったと存じます」
「……全く、ああ言えばこう言う」
トライスが大きなため息を一つ。
渋面を浮かべるトライスにクオンの口元が僅かに緩んだ。
「今の閣下は雑談をご所望かと思いましたので」
「……全く、可愛げが無い」
クオンに釣られるようにトライスの口元も僅かに緩んだ。
「そちの様な若造に気を使われるとは、わしもまだまだじゃのぅ」
「ご心中お察しいたします」
クオンはトライスが疲れているように見えた。
おそらくレイが脱獄した事でシュタッドフェルド派からの突き上げにあったのだろう。
時計台の警備を申し出たのはモニク。
いくら彼女が勝手に申し出た事とはいえ、責任はシュタッドフェルド派にあるはず。
自身の責任は棚に上げ、時計台行きを決定したトライスを責める。
公国貴族の愚かさにため息が止まらない。
「閣下。シュタッドフェルド派から私の罷免でも迫られましたか?」
「なんじゃ。罷免して欲しかったのか?」
「そうですね……今はそれも悪くないと思っております」
「そうか……」
トライスは軽く目を伏せた。
クオンの心中を察しての事だろう。
彼はクオンの身の上を知っている。
妾腹という複雑な家庭事情と比類なき神聖魔法の才能。
実母を護る為に神官としての功績を上げなければならない一方、その行為が妹に苦労を強いる。
そんな板挟みの中生きてきたクオンにとって、トライスは上司であると同時に人生の師匠だった。
そんなトライスが、クオンの胸中にあるレイへの感情に気付かないはずもない。
「クオンよ。そちはレイ殿を追いたいか?」
「可能であれば……」
クオンの口の中に苦いモノが込み上げた。
本当は今すぐにでも追いかけたい。
確かに彼の言う救星の旅は荒唐無稽だ。
だが、彼自身は信じるに値する人間。
僅かな付き合いだがクオンには分かる。
クオンの魔法が、そして直感が……彼を信じろと、彼の力になれと駆り立てた。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるクオンにトライスが微笑んだ。
「先ほど神託を授かった」
「なんですって!」
クオンは声を荒げた。
神託……『天使ガブリエル』の権能を授かったトライスだけが持つ最上級の神聖魔法。
その効果は神からのお告げという形で未来の困難とその解決策が告げられると言うモノ。
この魔法は少し特殊で自分で能動的に発動させる事はできず、受動的に受け取るだけ。
そして神託が下りる時は決まって国難レベル以上の災害が起きる。
「レイ=シュートを助ける為に『神の薬』を遣わせよ。それが神託の内容じゃった」
「…………」
クオンは言葉を失った。
「『神の薬』クオン=アスター。リシュタニア公国大公トライス=デ=テューレ=リシュタニアの名において命ずる。これより王国に赴き、『救星の種』レイ=シュートとその仲間達の助けとなれ。移動には『神の戦車』を使う事を許可する」
「『神の戦車』ですって!」
クオンは盛大に……おそらく彼の人生の中で一番に声を荒げた。
何故なら……
「そういう事ですわ!お兄様!」
『神の戦車』とはモニクの二つ名。
どこから現れたのか?
モニクの甲高い声がクオンの耳に突き刺さる。
「モニク、正気か⁉私に力を貸したとなれば実家に何を言われるか!」
「あら?お兄様らしくない。実家の意向と大公閣下のご命令。どちらが重いかなんて子供でも分かりそうなものですわよ」
「…………」
してやったりと言いたげな顔でモニクが高笑い。
大公閣下の御前で行われる品位に欠ける行動にクオンは頭痛を感じた。
「徒歩で追っていたら、いつまで経っても追いつけんじゃろぅ。せっかくだから道中でお互いについてじっくり話すのもよかろう。たった二人の兄妹なのじゃから」
クオンは思わず渋面を浮かべる。
お節介な上司の楽しげな顔が今は恨めしい。
「大公閣下。ご配慮痛み入りますわ」
「よいよい。兄と違って妹は可愛げが出てきたのぅ」
「あら、閣下。お世辞がお上手ですわね」
「……」
普段の威厳に満ちた大公閣下は何処へやら。
好々爺と化したトライスと調子に乗る妹に、クオンは言葉を失う。
「それでは大公閣下。名残惜しいですが任務に移らせていただきますわ」
「……クオン=アスター。これより救星の旅に着任致します」
「うむ」
胸に拳を当てる公国式の敬礼を行うクオンとモニク。
執務室から退室する二人をトライスが満足そうに見送った。
「さぁ、お兄様!参りますわよ」
「…………」
神殿の中庭に出た二人。
ハイテンションのモニクはとても楽しそう。
一方、クオンは何処までもローテンション。
モニクの登場以来、頭痛が止む気配を見せない。
「行きますわよ!〈召喚メルカバー〉!」
詠唱と共に純白の光に包まれるモニク。
それから数瞬後、モニクの眼前に姿を現したのは羽が生えた馬と馬車。
メルカバー……空飛ぶ天馬が引く純白の戦車。
高い戦闘能力を誇り、移動速度はルミナス随一と言われる神の権能。
「さぁ、お兄様。乗って下さいませ」
「……あぁ」
はしゃぎながらクオンの背中を押すモニク。
クオンはため息を吐きながら、なすがまま。
こうして、頭痛を抱えたクオンの愉快な旅路が幕を開けるのであった。




