第一話 目覚めた先は……
ぼんやりとした意識。
最初に感じたのは湿っぽくて柔らかく、少しチクチクとする感触。
次に感じたのはむせ返るような草の匂い。
最後に感じたのは眩しい太陽の光。
嶺は草原の中で寝そべっていた。
今いる場所の大気組成、周辺の地形情報及び生体反応、様々なデータがヘルメットのディスプレイに映し出される。
どうやらここは地球によく似た環境の惑星らしい。
バグはどうした?
フェンリルは無事か?
どうやって原隊復帰しようか?
そんな事を考えていると……
「お~い!そこの変な恰好の人~~!そんなところで寝そべってたら風邪引くよ!」
彼の顔を覗き込む少女の快活な笑顔。
キラキラと無垢であどけない輝きを放つエメラルドの瞳には好奇心。
年齢は妹と同じ十四、五くらいだろうか。
整った目鼻立ち。
健康的な褐色の肌が瑞々しい。
紫色のツインテールにはピンクの可愛らしいリボン。
中肉中背の嶺から見てもかなり小柄な体格。
古代アンデスの伝統衣装ウアイノに似たカラフルな服装。
「ここは?」
「お兄さん大丈夫?もしかして寝惚けてる?」
ヘルメットをパイロットスーツ内に格納しながら問う嶺に少女は首を傾げた。
寝ていた人間に場所を聞かれれば困惑もするだろう。
まして相手が見たことも無い恰好の不審者で、ここが誰もいない草原なら尚の事だ。
「すまない。ここがどこか教えてくれないか?」
再度問い直す嶺に少女は憐憫の眼差しを向ける。
「……可哀そうに。もしかしてポイズンラットの毒にでもやられたかな?」
「ポイズン……ラット?」
「うわぁ!重症だ!どうしようかな?あんまり面倒事抱えたくないんだけど……」
少女の顔が引きつった。
嶺はその表情から少なくとも自分が歓迎されていない事だけは察した。
「まぁいいや、ついて来て。こんなところに置き去りにも出来ないし、集落まで案内するよ」
「あぁ、ありがとう」
「どう致しまして」
少女はニコリと笑った。
言葉は通じる。
どうやら翻訳機は無事起動しているようだ。
嶺は自分の持ち物を確認しながらホッと胸を撫で下ろした。
少女の親切と自分の幸運に感謝しつつ、嶺はスッと立ち上がった。
「自己紹介がまだだったね。アタシはトワ=グラーフ。グラーフ草原を根城にする偉大なるグラーフ族の戦士だよ」
「宇宙艦隊第二十三外宇宙探索部隊戦闘艇パイロット周藤嶺大尉だ」
「ハッ?うちゅうかん……」
「宇宙艦隊だ」
嶺はため息を必死に噛み殺しながら思考を巡らした。
どうやらここは銀河同盟に発見されていない未開惑星のようだ。
目を白黒させる少女の服装から察するに文明レベルは地球で言うところの十五世紀くらいか。
何故、自分が未開惑星にいるのか?という疑問はあるが、今は情報収集が最優先。
今後は自分の素性をなるべく秘匿しつつ行動しようと決心を固めた矢先……
「うわぁ!なんでこんなところにグレートボアが!」
不意にトワの叫び声。
そちらに目を向けるとそこには体長五m以上の巨大なイノシシ。
「お兄さん!逃げるよ!走れる!?」
慌てた口調でトワが一目散に駆け出す。
嶺も慌てて彼女についていく。
「トワ、あれは?」
「アァッ!見りゃ分かるでしょ!グレートボアよ!」
「グレート……ボア?」
「アァ~!そんなことも忘れたの!グレートボア!見ての通りにイノシシのモンスター!」
「戦わないのか?戦士なのに?」
「お兄さん馬鹿なの!あんなの一流の戦士か魔法使い以外勝てないって!」
「魔法……使い?」
「アァもう!今は逃げる事に集中!」
「……分かった」
苛立つトワを余所に嶺は思考に没頭する。
(モンスター?魔法?翻訳ミスか?やたら分からない単語が出てくる)
最初に疑ったのは翻訳機の故障。
だがもしそうではないとしたら……
今の状況から自身の常識が通じない得体の知れない場所に飛ばされたのだと察した。
「きゃっ!」
右後方から小さな悲鳴。
今まで並走していたトワが躓いた。
唸り声を上げながら迫る巨大イノシシ。
(くっ!やむを得ん!)
嶺は立ち止まり一歩前に出る。
一瞬で展開されるヘルメット。
青白く輝く関節部。
嶺は自身のパイロットスーツに組み込まれた機能の一つ、コンバットモードを起動した。
「えっ⁉」
それは一陣の疾風。
嶺は拳をグレートボアの鼻っ面に叩きつけ、一撃で吹き飛ばした。
「トワ、無事か?」
「う、うん」
驚きで目を丸くするトワ。
嶺は苦々しい表情を浮かべながら、それでも彼女の無事にホッと胸を撫で下ろした。
(やむを得ないとは言え、未開惑星人の前で……完全に未開惑星不可侵条約違反だ)
嶺が気にしているのは銀河同盟憲章に明記された法律。
未開惑星不可侵条約……文明が未発達な惑星に高度な文明を持ち込んではならない。
文明レベルがかけ離れすぎた道具は時として元の文明を駆逐し、滅亡させる恐れがあるから。
コンバットモードはパイロットスーツとナノマシンの筋力補助により力・スピードを数十倍に高める機能。
未開惑星人にとってはまさにオーバーテクノロジーだ。
嶺は自身の軽率さを悔んでいた。
「凄い!お兄さん魔法使いだったんだ!」
沈む嶺とは裏腹に、キラキラとした眼差しで彼を見つめるトワ。
「魔法?」
「惚けなくてもいいよ。今、肉体強化の魔法使ったんでしょう?」
「肉体……強化?」
「アッ!もしかして訳あり?そりゃそうよね。こんなところで一人でほっつき歩くなんてよっぽどの事情があるのよね」
困惑する嶺を余所に勝手に納得するトワ。
「グラーフ族族長の娘として是非ともお礼をさせて!レイ=シュートさん」
満面の笑みを浮かべるトワ。思わず顔を引きつらせる嶺。
(翻訳機め……レイシュート『光の弾丸』とはまた不吉な名前を……)
嶺が持つ翻訳機の仕様として、こちらの固有名詞を相手に聞き取りやすい形に置き換える機能がある。
レイシュート『光の弾丸』には、『鉄砲玉』すなわち特攻兵の意味が含まれている。
「さぁ!行きましょう!レイお兄さん」
満面の笑みで嶺の手を引くトワ。
文明の利器を誤魔化せた上で、現地人と友好関係を結べたのだから良しとするか。
ホッと胸を撫で下ろす嶺であった。