第四十四話 撤退戦
「全員散開!」
シーサーペントの艦載機に囲まれた状況。
絶体絶命の状況の中、レイは声を張り上げた。
『遅ぇんだよ!』
だが、敵の方が一足早かった。
艦載機の銃口が淡く光る。
「防御スクリーン全開!」
ホログラフでグラーフ族の衣装に偽装したレイのパイロットスーツが姿を露わにする。
青白く光を発したパイロットスーツによって作られる力場。
艦載機から放たれたレーザーはレイ達を避ける様に捻じ曲がる。
『はっ!防御スクリーンだと!』
艦載機から聞こえる下品な男の声は驚きに染まる。
「トワ!目眩まし!」
「う……うん!〈フレイムピラー〉!」
艦載機の動きが鈍った所にレイがすかさず声を上げる。
トワは一瞬戸惑ったが、すぐに気持ちを持ち直し魔法を展開。
フレイムピラー……火柱を複数発生される高威力の中級炎魔法。
炎は艦載機の前に立ち塞がり、その視界を奪う。
「アヤメさん!霧隠れ!」
「あぁ……〈水行霧隠れ〉!」
アヤメはトワの手を掴みながら、呪符を片手に魔法を発動させた。
瞬く間に透明化する二人。
霧隠れには術発動時に術者と触れていた相手を同時に消す効果がある。
呪符を片手で持つ為、自分以外に消せるのは一人が限界。
『ちっ!原始人の手品か!光学センサーと熱センサーがイカレちまったか。せっかくレーザーでダルマにした後にたっぷり可愛がってやろうと思ったのによぉぉぉおおおおおお!』
艦載機の声は苛立ちを露わにする。
「そこだ!」
『何!』
艦載機から驚愕の声が漏れた。
上空から人影が降って来たからだ。
人影の正体はレイ。
レイは自身の身体能力をコンバットモードで強化した後、フレイムピラーの火柱に紛れて跳躍。
その両手には青白く輝くビームブレイド。
「せいっ!」
煌めく光刃。
レイの剣戟がギラニウム装甲で出来た艦載機をバターの様に切り裂く。
『味な真似をぉぉぉおおおおおお!』
「防御スクリーン展開」
艦載機は怒りに任せてレイに攻撃を集中。
怒涛の如く殺到するレーザー光線。
だが、その全て防御スクリーンにより、あらぬ方向へと捻じ曲げられる。
「うぉぉおおおおおお!」
レイは自由落下に身を任せ、すれ違いざまに艦載機を数十機撃ち落とす。
爆発する艦載機を横目に、残りの敵艦載機数百機を睨み付ける。
『その恰好!テメェ!宇宙艦隊か!』
「宇宙艦隊第二十三外宇宙探索部隊パイロット周藤嶺元大尉」
『なっ!』
レイの名乗りに敵が硬直する。
「トワ!アヤメさん!離脱!」
レイはこの隙を見逃す事無く、声を張り上げた。
そして……
「おぉぉぉぉおおおおおお!」
動かなくなった敵艦載機を瞬く間に数十機撃墜。
だが、それでも敵は動かない。
『ははぁ……はははぁ……そういう事か……そういう事だったのか……』
「…………」
艦載機の声が何かを呟く中、レイは無心で敵の数を減らした。
既に百機以上を撃墜したが、敵に動く気配は無い。
『そういう事かよ!シュターデェェェエエエエエエエエエエン!!』
空を引き裂くような咆哮。
艦載機の声から今までのふざけた下品さが消え、代わりに激しい怒りが顔を出す。
『テメェだけは殺す!テメェさえ殺せば俺らの勝ちだ!テメェだけは絶対に許さねぇぇぇえええええええええ!!』
無数のレーザーが嵐となってレイを襲う。
「くっ!防御スクリーン展開」
防御スクリーンにより捻じ曲げられるレーザー。
だが今回はその全てを防ぐ事はできなかった。
圧倒的な物量に押し込まれて、防御スクリーンが突破される。
レイは咄嗟に横っ飛びで回避するが、余波を受け天高く吹き飛ばされる。
『殺す!』
空中のレイに突撃する艦載機群。
「させない!〈召喚イフリート〉!」
艦載機群の囲いの外。
戦場からかなり離れた位置から巨大な熱線が飛来する。
レイがそちらに目をやると、巨大な炎の魔人と顔を真っ青にしたトワの姿。
「イフリート……アタシの魔法力全部持っていっても構わない。お兄さんを助けて!」
『承知』
トワがその場で苦しそうに膝をつく。
それと同時にイフリートがその身体をみるみる巨大化させる。
『灼熱の腕よ!星となりて我と主に仇なす者共を灰燼に帰せ!〈スターフレア〉!』
イフリートの腕に巨大な火球が生成される。
それは小さな恒星。
イフリートは火球を殴り付け、艦載機群へと叩きつける。
火球に触れた艦載機はまるで紙飛行機の様に焼け落ちる。
流石の宇宙艦隊の機体も、太陽の中心温度に匹敵する熱量には耐えられない。
『チッ!オールドライフの末裔まで……』
残った僅かな艦載機は悔しそうな声を漏らしながら撤退する。
レイは敵の撤退を確認した後、その場に膝をつく。
「ふぅ、なんとか助かったね」
「そうですね……アヤメさん……」
レイは疲労困憊だった。
上空数十メートルを飛ぶ敵の攻撃をかいくぐりながら、百機以上撃ち落としたのだから当然だろう。
相手はギラニウム装甲でビームブレイド以外の有効打がない状況。
今回生き残れたのは単に運が良かったからに他ならない。
敵が最初からこちらを侮らず、殺す気で来ていたら確実に負けていた。
「早く離脱しましょう。敵に援軍を呼ばれたら万に一つの勝ち目もありません」
「……うん」
レイはアヤメに抱えられたトワの頭を撫でた後、フラフラとした足取りでその場を後にした。
(あの艦載機が言っていた言葉。シュターデン……オールドライフ……自分への憎しみ……)
分からない事がまた増えた。
そしてあの艦載機とその母艦シーサーペントに敵として認定された。
かつて無い困難な状況。
でも……それでも……
(ありがとう、トワ……また助けられたな)
青白い顔で眠る少女を見つめながらレイは誓った。
もっと……強くなると。




