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第四十三話 ティアマト

 救星の旅二十一日目。

 レイ達は廃墟となった港町にやって来た。

 AS03の広域レーダーにティアマトと思われる反応が確認されたからだ。


「なにこれ……ひどい」

「…………」


 焼かれた町。

 崩れ落ちた建物。

 そこら中に転がる人や家畜の死体。

 損壊が激しく虫がたかるそれに生前の名残は残っていない。

 凄惨な光景にトワは口を押えながら目を見開き、レイは言葉を失う。


「ここは以前ティアマトに襲われた町……これは全部ティアマトの仕業さね」


 アヤメが苦虫を噛み潰したような表情で憤りをあらわにする。


「元々ここは交易が盛んで賑やかな港町だったんだよ。ここには沢山の人達が住んでいた。それを…………」


 アヤメはギリギリと奥歯を噛みしめた。


「ヤツはある日突然やって来て、この街を蹂躙した。ここにいた人達のほとんどは民間人だった。巨大な身体と鋼鉄の皮膚を持ち、多くの眷属を従えるヤツになす術も無かった」


 アヤメの瞳に宿るのは悔しさと憎悪。

 彼女はティアマトの残虐さは勿論、それを止める事ができない自分達の無力さが許せないのだろう。


「アヤメさん。二つ質問があるのですがいいですか?」


 感情に呑まれそうになるアヤメにレイが冷静に問いかける。


「ん?なんだい?」


 レイの声を聞き、アヤメが冷静さを取り戻す。


「一つ目、ティアマトの具体的な特徴について。大きさはどれくらいで、どのような形状をしていて、どのような攻撃、防衛手段を持っていますか?」

「えっと……大きさは遠目で五十メートル以上……形状だけど頭は真っ黒な流線形で身体は海の中で分からない……本体は海から上がってこないで体内から眷属と思われる小竜を飛ばして人や町を襲わせた。眷属は一メートルくらいで翼を持ち、口から光と炎のブレスを吐く……魔法騎士隊も戦ったけど、魔法は全く通用しなかったらしい」


 アヤメが記憶を探りながら、ポツポツと語る。


「魔法騎士隊というのは?」

「王国お抱えのエリート騎士隊の事だよ。実力で言えば多分お父さんと同じくらい強い人達」


 レイの問いに答えたのはトワ。

 レイには彼女の表情がこわばっているように見えた。

 グラーフの戦士長であるセツナと同格の騎士が負けた。

 魔法使い個々の強さが軍事力に直結するこの世界において、それは重い意味を持っていた。


「では二つ目の質問、ティアマトとは何人で戦いましたか?」

「!!!!」「!!!!」


 淡々としたレイの問いに、トワとアヤメが目を見開く。


「おそらくティアマトは空の悪魔の生き残り。空の悪魔相手ならシュターデンの呪いは対象外のはずです」


 ルミナス人の二人にも理解しやすい様に、レイは言葉を選びながら語った。

 トワとアヤメは目を白黒させた。

 レイの言葉が衝撃的過ぎたのだろう。


 沈黙が廃墟を支配する。

 レイにはティアマトの正体に心当たりがあった。

 出来れば当たって欲しくない予想ではあるが……


(マスター。海岸より巨大な熱源を感知。距離北へ五キロ)


 レイの脳内に響く機械音声。

 胸騒ぎが一気に強くなる。


「トワ!アヤメさん!行くぞ!」

「えっ?」

「どうしたの?お兄さん?」

「ティアマトだ!」


 レイの鋭い声に今まで呆けていたトワとアヤメの意識が現実に引き戻される。

 レイがトワを小脇に抱えて走り、その後ろをアヤメが追う。



 走る事しばし……

 レイ達は海岸へと辿り着いた。

 そこには……


「あれが……」

「ティアマト……」

「…………」


 レイ達はこれ以上開かないくらい大きく目を見開いた。

 海の上に浮かぶ巨大な鈍色の艦影。

 そのサイズは軽く二百メートル以上。

 流線形のフォルムから放たれる無数の飛行物体。

 その外観は大きさ一メートルの金属製の紙飛行機。


(マスター。敵艦の解析終了。星歴五十二年に宇宙艦隊によって開発された海上制圧用潜水空母シーサーペントとその無人艦載機であると判明)


 レイは顔面蒼白だった。

 彼の頭の中を埋め尽くした感情は絶望。


「撤退するぞ」

「エッ?」


 レイの弱々しい声にトワが素っ頓狂な声を上げた。


「現有戦力であれに勝つ手段は無い」


 レイは緊迫した声で言い放つ。

 彼は多くの実戦経験を持つ優秀な軍人だ。

 彼我の実力差を見抜き、戦術的撤退を行うだけの冷静さも持ち合わせていた。


「分かったよ。見つからない内にトンズラしよう」


 レイのただならない様子に、アヤメもこわばった顔で頷く。


『おっと!そうは問屋が卸さねぇぜ!』


 突如、レイ達の上空から声。

 如何にも粗野で品性に欠ける男の声だ。

 三人は声の方に視線を運ぶ。

 だがそこに広がるのは透明な空。


「誰!」

「隠れてないで出てきな!」


 トワとアヤメが叫ぶ。

 そんな中、レイ一人が青い顔。


「どうやら、囲まれたようだな」

『おぉ!チンパンジー以下の間抜けな原住民ばかりだと思ったが、勘のいい奴もいるモンだな』


 レイの呟きを下品な男の声が面白そうに嘲笑う。

 そして次の瞬間……


「ウソ……」

「何なんだい!こりゃ!」


 レイと同様、トワとアヤメの表情も絶望に染まった。


『ホログラフによる光学迷彩……なぁんて言ってもおバカな原住民のサルには分からねぇかな!ははぁあああああああ!』


 レイ達の眼前。

 上空を埋め尽くすのは黒い鋼鉄の紙飛行機の姿。

 透明化した艦載機が音も無く彼らを取り囲んでいたのだ。


『最近、めっきりおもちゃが寄り付かなくなって退屈してたんだ。今日はテメェらがぐちゃぐちゃになるまで存分に遊んでやるからせいぜいイイ声で鳴けよ!ははぁあああああああ!!』


 漆黒の艦載機の銃口がレイ達に照準を定める。

 絶望の中、勝算の無い撤退戦が今始まった。

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