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第四十二話 忍びの里

 救星の旅十九日目。

 レイ達は森の中の小さな集落に辿り着いた。


「ようこそ、葉隠れの里へ。レイ君、トワちゃん。歓迎するよ」


 喜色満面のアヤメがレイ達を先導する。

 その足取りはスキップしているかの様に軽い。


 里の様子を端的に言えば、日本の片田舎。

 木造わらぶき屋根の家々。

 畑仕事をする大人達とそれを手伝う子供達。

 彼らの表情は何処までも穏やか。

 残り八十日ほどで空の悪魔がやってくるなんて誰も想像していないのだろう。


「長閑でいい場所ですね」

「そう?ウチの集落とそんなに変わらないけど」

「まぁ、ウチもグラーフ草原も田舎だからね」


 自然に囲まれた平和な光景にレイが目を細める。

 一方のトワは退屈そうだ。

 二人を眺めながらアヤメが口元を緩ませる。


「平和以外何にもない里だろ?でもね、この平和の為に戦っている。それがあたいら忍びの誇りなのさ」


 アヤメの笑顔がとても眩しかった。

 自分は誇りを持って軍人をしていただろうか?

 どうやったら自分に誇りを持てるようになるだろうか?

 自分は……宇宙艦隊の軍人は何の為に戦っていたのか?

 そんな事を考えずにはいられなかった。


「お兄さん?また難しい事考えているでしょう?」


 不意に聞こえたのは呆れたようなトワの声。

 そちらに視線を向ければ、口を尖らせたトワの姿。


「アタシ達はこれから空の悪魔と戦うんだから、元気出さないと勝てる戦いも勝てないよ」


 トワがニカッと笑う。

 その笑顔は自分を励ましてくれている様だった。

 レイは思わず息を吐いた。


「その前にティアマト退治だな」

「うん!」


 レイもつられて微笑んだ。

 ルミナスに来て笑う事が増えた。

 きっとこの太陽の様な少女のおかげだろう。


 トワが嬉しそうにレイの手を握る。

 その手を優しく握り返す。

 小さくて柔らかな感触を愛おしく思いながら……



 トワと共にアヤメの背中を追う事しばし……

 辿り着いたのはこの里ではごく一般的な木造わらぶき屋根の一軒家。


「ようこそ客人。わしが葉隠れの里の頭領ハンゾー=スズバヤシじゃ」

「初めまして!トワです!おじいちゃん宜しくね」

「レイ=シュートです。宜しくお願いします」


 レイ達はしわくちゃ顔で好々爺然とした老人の出迎えを受けた。

 二人は柔和な笑みを浮かべるハンゾーに挨拶を返しながら周囲を見回した。

 家の造りは日本の江戸時代のモノに似ているだろうか。

 広さはそれなりに大きい。

 玄関先の土間にはかまどがあり、落ち着いた畳部屋の中心には囲炉裏。

 薪がパチパチと燃える音はなんとも趣深い。


 唯一日本の木造建築との違いを上げるなら、快適過ぎる温度。

 おそらくここでも空調の魔道具が使われているのだろう。


「頭領。アヤメ=スズバヤシ、ただいま戻りました」


 アヤメが凛とした表情でハンゾーに頭を下げる。

 姓が同じという事から二人が親戚同士なのだろう。

 公私を分別する態度にレイは心の中で感心する。

 だが……


「どうした?アヤメ?悪いモンでも食ったか?」


 心底心配そうな表情でハンゾーがアヤメの顔を覗き込む。


「ちょっと!じっちゃん!お客さんの前だよ!」


 アヤメが顔を真っ赤にしながら抗議。

 どうやらアヤメは猫を被っていたらしい。

 薄い化けの皮が剥がれる姿にトワがクスクスと忍び笑い。

 その光景が妙におかしくて、レイも笑いを堪えるのに必死だった。


「コホン!頭領。こちら、ドラゴンを倒したレイ様とグラーフ族の族長の娘トワ様でございます」


 アヤメが恥ずかしそうに咳払いを一つ。

 取り繕った口調で改めて客人の紹介。

 ハンゾーはアヤメの言葉に目を見開き、レイを凝視する。


「レイ殿。失礼ですがこちらに来て顔をよく見せてくれますかな?」

「はい」


 レイは言われるまま、ハンゾーに歩み寄る…………


「……うむ、いい面構えじゃ。とても澄んだ目をしておる」


 満足そうに頷くハンゾー。

 その視線がまるで心の奥を見透かしているようで、レイは言葉では言い表せない居心地の悪さを感じた。


「おっと、すまぬ。わしは道術を少々嗜んでおってな。お主の為人を少し見させてもらったんじゃ」

「そう……ですか」


 ハンゾーが申し訳なさそうに頭を下げた。

 レイは自分が感じた居心地の悪さの正体が分かったと同時に、ハンゾーに対する警戒心を一段階引き上げた。


「さて、まずはゆっくり休んでいかれよ。長旅で疲れたじゃろ」


 ハンゾーは好々爺然とした表情で囲炉裏の茶釜から湯を汲み、お茶を入れる。

 そのゆっくりとした所作には隙が無い。


「粗茶ですが」

「ありがとうございます」

「ありがとう、おじいちゃん」


 コトンと湯呑を置く音が二つ。

 ほのかに甘く爽やかな茶葉の香り。

 緊張しながら会釈するレイと、笑顔でお礼を言いながらお茶に息を吹きかけるトワが実に対照的だ。


「じっちゃん。あたいの分は?」

「なんじゃ?お茶が飲みたかったのか?じゃったら勝手に飲んだらえぇじゃろ?」

「えっ!任務を終えた孫娘にお茶も入れてくれないのかい⁉」

「二十二にもなって甘えるんじゃないわい!」


 トワが苦そうにお茶を飲む傍ら、気の置けない会話を繰り広げる爺と孫。


(そういえば自分にもこんな時代があったな……)


 レイは遠い過去の記憶を思い返していた。

 まだ両親がいた時の記憶。

 家族と仲良く暮らしていた時の記憶。

 口に含んだ緑茶が妙に苦かった。

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