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第四十一話 公国脱出

「う~む。中々手強そうだな」


 救星の旅十六日目。

 レイ達は公国と王国の国境まで辿り着いた。


 雲に隠れた月。

 真っ暗な夜の山中の闇を打ち消すのは、高い城壁からの篝火。

 睨み合う兵士達。

 レイは目の前の光景に唸り声を上げた。


「そういえば公国と王国は冷戦中だったね。噂には聞いていたけど、随分と物々しいんだね」

「そりゃそうさね。王国と公国の仲は最悪だからね」

「何故、そんなに仲が悪いのですか?」


 ルミナスの情勢に疎いレイが首を傾げながら問いかける。


「えっと……一言で言えば宗教観の違いさね。王国はシュターデンを神として信仰するシュターデン教が主流なんだけど、公国はシュターデンはあくまでも神の使いで神は別にいるとするリシュタニア正教を国教としてるのさ」


 心底つまらなそうに答えたのはアヤメだった。

 彼女にとっては神が誰なのかはどうでもいいのだろう。

 彼女は更につまらなそうな口調で話を続けた。


「公国が言うには、公国は神によって作られた国で神が国王。大公は国を治める神の代理人でシュターデンと同格らしい。一方、ワルツブルクの方は国はあくまでも国王の先祖が作ったモノで、先祖が作った国を護るのがその時代の国王の役割。宗教は国政とは全く関係ないから基本的に自由って感じかな。あたいら葉隠れには万物に神が宿るとされる八百万の神の信仰があるから、公国とは相容れないのさ」

「なるほど……どこの世界でもやっている事は同じなのですね」


 レイにとっては嫌な意味で興味深い話だった。

 文明が発展すると必ず起こるのが宗教戦争だ。

 歴史的見地から考えるとこれほどバカバカしくて無意味な戦争は中々類を見ないのに、どこの惑星でも必ず起きる。


「ったく、争いを禁じる為に呪いなんてモノを残したシュターデンの気持ちが痛いほど分かるよね。こんなバカな争い見せられるとさ」

「同感さね。子供のトワちゃんに言われたんじゃ、国のお偉いさんも形無しさね」


 そして特大級のため息が三つ。


 彼らが見ている光景をもう少し細かく説明すると、常にどこかで九人一組の小競り合いが起きていると状態だ。

 ルミナスではシュターデンの呪いのせいで、十人以上が徒党を組んで戦闘を行うと魔法を奪われてしまう。

 それ故、国同士の争いになった場合、国境沿いで九対九の命のやり取りを繰り返すという非生産的な活動が行われる事になる。


 尤も兵士達も本気じゃないらしく、戦いを肴に公国兵と王国兵が酒を酌み交わす始末。

 お偉いさんはともかく、兵士達は給料の為に戦っているフリに努めているようだ。

 ただ、アヤメが言うには国境越えだけは許してくれないらしく、密入国者が現れた場合、両国の兵士達が本気で止めにかかるらしい。

 穏便に国境越えをしたいレイ達には迷惑極まりない話だ。


「どうしますか?両国の兵士九人ずつと戦うという手もありますが……」

「それはちょっと避けたいね。戦争犯罪者認定されたら、常に国から追われる身になっちまう。レイ君はもう手遅れだけど、トワちゃんにまでそんな苦労を押し付けるつもりかい?」

「……仰る通りです」


 彼らはここに来るまでも結構苦労していた。

 脱獄したレイが公国内指名手配になっていたからだ。


 ここからはアヤメからの情報だが、この世界には魔道具による情報伝達手段が存在する。

 使えるのは国家機関くらいだが、国内の犯罪者情報共有はかなり簡単に行われている。

 先日、町で宿を取ろうとした時の事だがレイの情報が回っていた為、衛兵に通報されてしまい、結果野宿をする羽目になった。

 あの夜に受けたトワからの理不尽な叱責と公国への恨みは一生忘れないだろう。


「ではホログラフか魔法で姿を消していきますか」

「それなんだけど、玄山水行呪符げんざんすいぎょうじゅふの在庫が無いんだよね」

「こんな時に……ですか」


 レイの頬が引きつる。

 アヤメの使う陰陽道は特殊な呪符を使って大気中の魔素に超常現象を起こさせる魔法。

 おそらく呪符が命令文(コマンド)の役割を果たしているのだろう。

 命令文(コマンド)が無ければプログラムが実行されないのは必然だ。


 国境を超えるには城壁をくぐるか、大回りして城壁の無い所を行くしかない。

 ただし大回りをした場合、丸三日無駄にする事になる。

 ティアマトの被害を考えると一刻も早く王国に入りたい。

 だが無理に押し通れば全員国際指名手配だ。


「じゃあ、上から行ったらどうかな?」

「……」「……」


 トワが軽い口調でポツリと漏らす。

 レイとアヤメはポカンと口を開き唖然とする。


「ねぇ、どうかな?」


 返事が無いから不安になったのか。

 トワが上目遣いで再度問いを投げかける。


「アヤメさん?」

「そうさね……確かに上なら警戒は少ないけど……」

「トワ。説明を」

「了解!」


 不安そうな顔から一変。

 トワは嬉しそうに自らの案を語り出した。


「……という感じで」

「なるほど、それなら上手く行きそうだな」

「ちょっと!あんたら正気かい!」


 喜色満面のトワ。

 感心して頷くレイ。

 そして盛大に拒否反応を示すアヤメ。

 三者三様の反応の中、彼らは城壁から少し離れた高台へと移動する……



「さぁ準備はできたぞ。トワ、頼んだぞ」

「了解!」

「ねぇ、あんたら。今からでも遅くないから考え直さないかい」


 嫌がるアヤメを無視して、淡々と準備を進めるレイとどこか楽しげなトワ。

 彼らは今、全員がロープで身体を縛られている状態だった。


「じゃあ行くよ!〈召喚イフリート〉!」


 トワの身体から真っ赤な光が溢れ出す。

 光はメラメラと燃え滾る炎に姿を変え、それが瞬く間に筋骨隆々の巨大な魔人へと姿を変える。


「これが……四大精霊……」


 最強の炎の精霊。

 四大精霊イフリートの威風堂々たる姿にアヤメは呆然自失になる。


『何用だ。我が主』


 イフリートが威厳に満ちた声でトワに問う。


「イフリート。アタシ達を城壁の向こうまで投げて欲しいの。できる?」

『できるが……本当にいいのか?』

「あぁ。ついでに君の炎で加速をつけてくれると助かる。少しでも距離を稼ぎたい」

「コラ!レイ君!そんなの聞いてないよ!」

『……本当にいいのか?主よ』


 アヤメが涙目で全力拒絶。

 流石に可哀そうになったのか、イフリートが顔を引きつらせながら再度聞き返す。


「うん、やっちゃって!」

「わぁぁああああああああ!トワちゃんのバカぁぁああああああああ~~~~!」


 だが結果は変わらず。

 現実は非情だった。

 無邪気な笑顔でトワが発射スイッチをオンにする。

 アヤメの悲鳴をBGMに、イフリートはその巨大な手でレイ達の身体を持ち上げる。


『では行くぞ!ふんぬぅぅうううううううう!』

「いやぁあああああああああああ!」


 イフリートがオーバースローで勢いよく宙にレイ達を放り投げる。

 アヤメの悲鳴が木霊する。


『まだまだ!〈イグニートフレイム〉!』

「ウソ!ウソ!ウソ!やめて!やめて!やめて!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬぅぅぅううううう~~~~~~!」


 立ち上る巨大な火柱。

 アヤメの悲鳴に吸い寄せられる様にレイに向かって一直線。


「よし、今だ!防御スクリーン全開!」


 ホログラフでグラーフ族の衣装に偽装していたパイロットスーツが本来の無機質な姿を露わにする。

 レイ達を包み込むように透明な力場が展開。

 イフリートの炎を斜め下方向へと捻じ曲げ、ロケット噴射の様に加速をつける。

 おそらく今の彼らの速度は亜音速に達している事だろう。


「呪ってやる!呪ってやる!呪ってやる!呪ってやるぅぅぅぅぅううううううううう~~~~~~!」


 一分足らずで十数キロを飛行した彼らに訪れるのは自然落下。

 アヤメが無邪気な笑顔の死神(トワ)と鉄面皮の悪魔(レイ)に呪詛の言葉を吐く中、地面への衝突が刻一刻と迫る。


「防御スクリーン最大展開!」


 地面への衝突寸前。

 下方向に展開された防御スクリーンが全ての衝撃を吸収する。

 そして二人を抱えながら、レイはフワリと着地する。


「ふう……上手くいったな」

「あぁ~、楽しかった!お兄さん、またやろうね!」


 涼しい顔で二人を地面に降ろすレイ。

 楽しそうに笑うトワ。

 そして……


「あんたら……」


 親の仇を見るような目で二人を睨み付けるアヤメ。


「そこになおれぇえええええええええ~~~~~!」


 国境から十キロ以上離れた暗い山中。

 レイとトワは小一時間、アヤメの説教を受ける事となった。

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