第三十八話 獄中のレイ
「九十九……百……ふぅ……こんなモノか」
救星の旅十三日目。
リシュタニア神殿重要参考人留置場……通称時計台にて。
寒々とした石造りの牢獄に響くレイの声。
「レイ様。何をしているのですか?」
「逆立ち腕立て伏せです」
「見れば分かります」
牢獄生活三日目、レイは優雅にプリズンライフを満喫していた。
トレーニング、装備の整備、広域レーダーによる状況確認など、割と有意義な内容。
早朝、誰に気兼ねするわけでもなく汗が流せるのもありがたい。
鉄格子の外のクオンもこれには呆れ顔である。
「ここは良い牢獄ですね。食事はちゃんと味がある物が出ますし、過重労働を強いられることもありませんし、ちゃんと横になって眠れますし」
「……あなたは一応罪人ではなく、重要参考人ですからね」
雑談混じりに淡々とトレーニングを続けるレイ。
ここには囚人への虐待も無いし、自由時間もある。
まだ罪人ではないなら納得だとレイは心の中で頷いた。
一方のクオンは盛大に表情を引きらせていた。
「レイ様。あなたは中々にメンタルがお強いようで……」
「そうでしょうか?ここは自分が無実の罪で投獄された監獄の中では一、二を争う好待遇ですが……」
「言わなくて結構です。聞きたくありません」
宇宙艦隊では銀河同盟のお偉いさんの機嫌を損ねた下士官が豚箱に放り込まれるなど日常茶飯事だ。
トラウマを刺激され、レイの表情が曇る。
大きなため息が一つ。
うんざりという顔つきのクオンが話をぶった切る。
「ところでレイ様……モニクに余計な事を吹き込んだのはあなたですね」
「余計な事とは?」
クオンが責める様な視線をレイに向ける。
レイは首を傾げて聞き返す。
「私があの愚妹と仲良くしたいと嘘八百を……」
「違うのですか?」
「まぁ……いがみ合っているよりかはマシですが……」
拗ねた様に顔を背けるクオン。
常に柔和な笑みを浮かべ、決して本心を外に出さない彼には珍しい反応だ。
レイは思わず口元を緩ませる。
「クオンさん。余計な事かもしれませんが家族とは仲良くしておいた方がいいですよ。いつ会えなくなるかなんて、誰にも分かりませんから……」
「……そうかも、しれませんね」
二人の表情が曇る。
数万光年という距離とどうにもならない事情から妹に会えないレイ。
家庭環境から妹と仲良くする事が叶わないクオン。
似た部分を持つ二人。
クオンはどうか分からないが、少なくともレイは友情に近い感情を抱いていた。
「レイ様。今日はこんな下らない世間話をしに来たわけではありません」
クオンがピシャリと話を切り替える。
その顔は秩序の番人。
レイも筋トレをやめ、真っ直ぐクオンに向き直る。
「まず、あなたの処遇についてです。釈放まではもう少しかかりそうですが、とりあえず処刑だけは免れそうです。あなたが一般人を手にかけていないという意見が多数派を占めたからです」
「そうですか」
レイはホッと胸を撫で下ろす。
「ただ、あなたが空の悪魔だという嫌疑もまた一定数ある為、結論が出ないというのが現状です」
「……クオンさん。それを自分に言っても大丈夫なのですか?」
レイは首を傾げながら問いかけた。
普通、こういう話は参考人にはしないモノだ。
クオンは苦笑いを浮かべながら答えた。
「問題ないでしょう……というよりも隠さない方がメリットが大きい」
「何故です?」
「あなたの信頼を得られます。正直な話、あなたがその気になればこんな牢屋、簡単に脱獄できるでしょう」
「…………」
レイは沈黙を答えとした。
クオンの指摘通り、レイはいつでも脱獄できる。
鉄格子をフォトンガンやビームブレイドで焼き切るなんて造作も無いし、コンバットモードを使えば建物から飛び降りることだってできる。
クオンは全てを承知の上でレイと敵対しない道を模索しているのだ。
彼は頭がキレる。
レイは内心で感服していた。
「それからもう一つ。これはあなたにとって重要な話になります。どうか脱獄など考えないで冷静にお聞き願いたいのですが……」
クオンらしくない歯の奥に物が挟まったような口調。
何か悪い報せか?
レイの背筋も自然と伸びる。
「昨日昼頃……トワ様を護衛していた者達からの報告です。トワ様が行方不明になりました」
「!!!!」
レイの表情が凍り付いた。
目を大きく見開き、顔色は蒼白。
「今現在、トワ様の所在はリシュタニア神殿が総力を挙げて捜索しております。どうかレイ様は短気を起こされませんよう」
「…………」
レイは力なく頷いた。
言葉が出なかった。
トワの身に万が一の事があれば……そう思うと気が気ではなかった。
「それでは失礼します」
放心状態を後目にクオンがその場を後にした…………
…………その日の深夜。
鉄格子が切り裂かれ、もぬけの殻となったレイの牢屋が発見された。




