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第三十七話 アヤメ=スズバヤシ

 トワは困惑していた。


「あの?お姉さん?」

「なんですか?トワちゃん」


 くノ一アヤメは町娘マチに戻っていた。

 先ほど悪漢をハイキックで沈めた女とは思えない。

 大人しくてどこにでもいそうな普通を記号化したような女性。

 彼女は屋台の商品を物色しながら楽しそうな様子で街に溶け込んでいた。


「トワちゃん。あなた、尾行(つけ)られていますよ」

「えっ!」


 アヤメはベビーカステラを頬張りながら、ポツリとトワに語り掛けた。

 トワは思わず目を見開いた。


「神殿直属の諜報部隊でしょう。尾行の腕はお粗末ですけど」

「アタシを?なんで?」

「当然でしょう。グラーフ族族長の娘でドラゴンスレイヤーを従えているのですから」

「従えるって。お兄さんとアタシは……」

「公国がそう思っているという話です。あなたはもっと他人にどう思われているかを自覚するべきですね」

「…………」


 ニコニコと町娘の顔でアヤメが苦言を呈した。

 完璧に作られた顔にイラっとしながら、トワは彼女を睨みつける。


「ところでアヤメさん。何の用なの?」

「トワちゃん。ここではマチって呼んで下さいね」


 町娘の仮面(かお)を外そうとせず、自分の真意を見せようとしないアヤメに、トワはイライラを募らせる。

 不機嫌マックスの彼女にアヤメが弱々しい笑みを浮かべる。


「ごめんなさい。今は公国の監視があるから話せないの」

「目的だけでも話してくれない?」

「そうですね……あの諜報員は〈インターセプション(盗聴魔法)〉も持ってなさそうですし、大丈夫かな」


 雑踏に紛れながら、トワにだけ聞こえる小声でアヤメが呟く。


「あたいらの目的はとある怪物の退治。その一環として先日、あんたの連れが倒したドラゴンの調査が今回の任務だったんだけど」

「それでお兄さんに……」

「うん、正解」


 アヤメは素の口調と町娘の顔でにっこりと笑う。


「でもドラゴンを倒した事であんたの連れは神殿に目を付けられた。正直、状況は良くないみたいさね」

「うん。こっちには大事な使命があるのに」

「使命?」

「うん、救せ……」

「おっと!今はやめときな!公国の耳に入るかもしれない」


 アヤメは小さいながら鋭い声でトワの発言を制止する。

 トワは静かに頷く。

 アヤメはトワの様子に思わずため息を吐く。


「トワちゃん。そうやって簡単に人を信じない方がいいよ。あたいがあんたらの敵だったらどうするんだい?」

「えっ?お姉さんは敵なの?」

「……違うけど」


 トワは首を傾げた。

 アヤメの言動から少なくとも神官達よりかは信用できると思ったからだ。

 トワの純粋な目に見つめられてアヤメは頭を掻く。


「あぁ!なんだってあたいみたいな胡散臭いヤツを信用できるんだい?」

「えっと……アタシがさっきの人達に襲われた時に助けてくれたでしょう。だから……」

「それはあんたが……あぁ!もう!」


 悪い人間ならトワを見捨てるはず。

 そんな当たり前の事を言ったのだが、アヤメは顔を真っ赤にして頭を掻きむしる。

 どうやら彼女はスパイなのに人情に厚いらしい。

 薄い化けの皮が剥がれた彼女を眺めながら、こんな調子で任務に支障は無いのか、と他人事ながら疑問に思った。


「コホン……まぁいいさね。そろそろあいつらを撒くけどいいかい」

「……うん。アヤメお姉さん」

「……ここではマチだよ」


 咳払いを一つ。

 赤面したままのアヤメがトワの手をギュッと握る。

 不器用な所がなんとなくレイに似ている。

 そんなことを考えていると自然と頬が緩む。

 握り返す手にも自然と力が入る。

 二人は仲良く手を握ったまま、大通りの屋台街から人通りの少ない裏路地へと早足で侵入する。


 二人が路地裏に入った途端、後ろから聞こえる足音が二つ。

 トワが急に見えなくなった事に動揺したのだろう。

 索敵が苦手なトワでも分かる程度に足音が乱れている。


「さて、この辺かな。〈水行霧隠(すいぎょうきりがく)れ〉」


 裏路地に入った直後、アヤメは懐から一枚の札を取り出す。

 紙製で難しい文字が書かれた札から無数の霧が溢れ出し、トワとアヤメの身体を包み込む。


「お姉さん。これって陰陽道(おんみょうどう)

「静かに!絶対にあたいの手を離さないでね」


 トワは驚愕した。

 霧に包まれた身体が瞬く間に透けていく。

 学校で習っただけで見るのは初めての魔法。


 水行霧隠れ……玄山水行呪符げんざんすいぎょうじゅふを用いて霧を生み出し、光を捻じ曲げる事で姿を隠す魔法。


 彼女達が姿を消したところに男の影が二つ。

 一般人を装っているが雰囲気が堅気のそれではない。


「クソ!あのガキ!どこ行った!」

「まったく、神官様も厄介な仕事を……」


 悪態をつきながら路地の奥へと姿を消す男達。


「ふぅ、どうにかやり過ごせたようだね」

「そうみたいだね……ってお姉さん!」


 トワは目をこれでもかと言うほど大きく見開いた。

 おそらく今日一番の驚きだろう。

 今まで目の前にいた普通を記号化したような女性の姿が……


「ありゃ、変化が切れちまったか」


 ……今のアヤメはセクシーなアジアンビューティー。

 レイより少し背の高い長身。

 カラスの濡れ羽色のサラサラロング。

 勝気そうな切れ長の瞳は黒曜石。

 豊満な胸元。

 くびれた腰。

 張りのあるヒップ。

 黒の忍び装束は露出が全くないのに身体のラインを強調していて逆に扇情的。


「お姉さん……それって……」

「あぁ、これがあたいの素顔。ちょっと待ってね。すぐに術を掛け直すから……〈木行木の葉変化〉」


 震える声で狼狽えるトワを余所に、アヤメは胸元から呪符を取り出す。

 そして呪符から溢れた木の葉がアヤメとトワに張り付く。


 木行木の葉変化……蒼山木行呪符(そうざんもくぎょうじゅふ)を用いて、身体を装飾する木の葉を生み出し変装する魔法。ある程度なら物の大きさを誤魔化す事も可能。


「お姉さんが……お兄さんに……」

「どうだい?凄いだろ。あんたもカワイイ男の子だよ」


 二人の姿が平凡な()()と元気そうな()()()に変化していた。


「さぁ、行こっか」

「……うん!」


 笑顔の二人が屋台街に戻る。

 両手をつなぐ彼女達は仲の良い()()のようだった。

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