プロローグその四 忍びの里のくノ一陰陽師
「じっちゃん。アヤメ=スズバヤシ、ただいま戻りました」
「ここでは頭領と呼ばんかい!この馬鹿娘!」
アヤメはじっちゃんに叱られて、大きな黒曜石の様な瞳を涙目にした。
「じっちゃん。任務を無事に終わらせて帰って来た孫娘にそれかい?」
「だからここでは頭領と呼ばんかい!まったく二十二にもなって。身体と乳だけ成長して頭は相変わらずじゃな」
「じっちゃん!それが孫に言う言葉かい!」
「だから!頭領と!呼ばんかい!」
アヤメはカラスの濡れ羽色の長い前髪を指先でいじりながら拗ねていた。
せっかく任務を終わらせたのに褒めてくれない。
彼女はそのアジアンビューティーでボンキュッボンな容姿とは裏腹に、身内の前ではどこか子供っぽい性格の持ち主だ。
「まぁいい。それより任務ご苦労じゃったな。早速で悪いんじゃが次の任務の話じゃ」
「えぇ!もう!」
「そう言うな。今回の任務は優秀な忍びにしか為しえない重要任務じゃ」
重要任務の言葉にアヤメは目を輝かせた。
いつもみたいにおだてられているのかとも思った。
いいように使われている気がしないでもないが、頼られて悪い気はしない。
だが今回は頭領の帯びる空気が違った。
「アヤメ、ティアマトは知っておるな」
「はい」
アヤメの目の色がくノ一のそれに変わった。
ティアマトとは彼らが属する王国で暴れる海の怪物。
「今回の任務はティアマトを倒す手掛かりを探す事。アヤメには公国に出向き、ドラゴンの調査をして貰いたい」
「えっと……どうしてドラゴンを?」
アヤメは首を傾げた。
文脈の繋がりが分からない。
「アヤメ……わしらは何故ティアマトに苦戦しておる?」
「えっと…………眷属の小竜の猛攻と鋼鉄の様な皮膚のせいで攻撃が通らない為」
「そうじゃ。それでドラゴンの特徴は」
「巨大な身体と二枚の翼。鋼鉄の様な皮膚……アッ!」
「そういう事じゃ」
アヤメは思わず手を打った。
要するにドラゴンの皮膚なりなんなりを手に入れて、ティアマト攻略に役立てようというわけだ。
アヤメは黒い忍び装束の胸元から一枚の札を取り出した。
「それではアヤメ。これよりドラゴン調査の任務に入ります!〈木行木の葉変化〉!」
札から木の葉が舞い、アヤメの身体に張り付く。
今まで黒髪セクシー美女だったアヤメは茶髪のどこにでもいる普通の男性へと姿を変える。
「それじゃ、じっちゃん、行ってくるね」
「これ!アヤメ!待たんかい!」
頭領の制止を振り切り、アヤメは目的地の公国へと一目散に駆けて行った。
「……あの馬鹿娘。呪符の補充くらいしていかんかい……」
頭領の特大級のため息は、馬鹿娘には届かなかった。