第三十四話 御前裁判
救星の旅十日目。
レイとトワは首都セイレーンの神殿の一室にいた。
「一体いつまで待たせるのよ!もう丸二日じゃない!」
高価な調度品が並ぶ豪華な部屋。
白を基調とした広々とした室内に響くトワの金切り声。
ここに来てからの二人は待遇は、歓待と言う名の軟禁状態だった。
「落ち着けトワ。自分はドラゴンを撃破した危険分子だ。国としても野放しにはできないのだろう」
「なんでよ!いい事したのに捕まるなんて!」
冷静なレイにトワが食って掛かる。
「トワ、ここに居なくてはいけないのは自分だけだ。外出したければドアの外にいるブライさんに言えばいい」
「やだ!お兄さんと一緒にお祭り行きたかったのに!」
トワが手足をバタバタとさせながら駄々をこねる。
窓の外からは生誕祭を楽しむ人々の賑やかな声。
自分に付き合って部屋に閉じこもるトワが少し不憫に思えた。
「トワ様、レイ様。宜しいでしょうか」
ドアの外から野太い男の声。
ドアが開く音と共に狼男の僧兵ブライが顔を出す。
「どうしましたか?」
「大公閣下がお呼びです。お支度を……」
堅苦しい口調のブライ。
トワが破顔する。
ようやく解放されると思ったのだろう。
だが……
「大公閣下がお呼びなのはレイ様だけです。トワ様はもうしばらくお待ちを」
「えぇ!何それ!」
「申し訳ありません。そういう命令としか……」
困り果てた様にブライが狼耳を垂れ下げる。
彼自身命令の細かい意図を説明されていないのだろう。
「ブライさん。トワをお祭りに連れて行ってやってはくれませんか?」
「分かりました。ミリアを呼びましょう」
「ちょっと!お兄さん!」
「トワ、すぐ戻ってくる。それまで大人しくな」
「……分かった。お兄さんがそう言うなら」
「良い子だ」
不貞腐れたトワが頷く。
レイはその頭に優しく手を置く。
依然ふくれ面のトワを部屋に残し、レイとブライは大公の元へと向かった。
大聖堂。
大理石に美しい装飾が施された荘厳な造りの大広間。
中央の祭壇にはローブの着た壮年の男の彫像。
そこへと向かう真っ赤な絨毯。
絨毯の両側には神官と思しき男女が十数名。
その中にはクオンもいる。
そして絨毯の終着点には威厳に満ちた老人の姿。
金糸と銀糸で豪華に刺繍された法衣。
背の高い司教帽。
右手には金の錫杖。
左手には分厚い聖典。
「くるしゅうない、近う」
老人の静かだが威圧感のある声に促され、レイと随伴のブライが前に出る。
「レイ様、跪いて……」
老人の前まで歩み出たレイに、ブライが跪きながら耳打ち。
慌ててレイも跪く。
この場にいるモノ全ての視線が老人とレイに集中する。
「これより、神聖リシュタニア公国大公トライス=デ=テューレ=リシュタニア三世の名のもとに、罪人レイ=シュートの裁判を執り行う」
威厳に満ちた老人トライスの声がレイを断罪する……
…………レイの思考はフリーズした。
数日軟禁されたかと思えばいきなり犯罪者扱い。
顔を上げ周囲を見渡す。
絨毯側の神官達全員……クオンも含めて微動だにしない。
「何かの間違いでは!」
唯一反応したのはブライ。
彼は何も聞かされていなかったようだ。
その場で立ち上がり声を荒げる。
「罪状は?」
レイは心の中で深呼吸をし、できるだけ平静を装った。
宇宙艦隊でも濡れ衣裁判は何回か経験した。
きっとその類の話だ。
そう心に言い聞かせながら……
「罪状は大量虐殺。そちに心当たりは?」
トライスが告げた罪状にレイは……
「あります」
……罪を認めた。
彼はパイロットだ。
時々現れる宇宙海賊やテロリストの対処もしてきた。
ざわつく神殿内。
狼狽えるブライ。
目を伏せるクオン。
「鎮まれ!」
狼狽する神官達をトライスが一喝。
再び静寂を取り戻す神殿。
「発言を宜しいでしょうか?」
「申してみよ」
静けさを取り戻した神殿にクオンの声が静かに響く。
それに応じるトライス。
「彼の罪状は私の〈ディテクティブ〉によるモノ。彼の殺人が罪に当たるか検証する必要があります」
ディテクティブ……人の罪を計る中位の神聖魔法。
対象者が今までに働いた盗み、虚偽、傷害、殺人等の回数が罪の重さ別で分かる。
ルミナスでは裁判の重要証拠として利用される。
神官が法の番人とされる理由だ。
レイは文脈から何らかの魔法で、自分に疑いが掛かっている事だけは理解した。
「検証など馬鹿げております!〈ディテクティブ〉の結果は絶対!この者は千を越える人命を奪っております!情状酌量の余地など存在しません!」
クオンの言葉に声を荒げたのは若い女性の声。
深々とローブを被っている為人相までは分からないが、はみ出た髪の色はクオンの髪によく似た亜麻色。
「シュタッドフェルド司教。〈ディテクティブ〉は絶対ではない。それは大魔法使いシュターデンも仰っていた事。そんな初歩的な事も憶えていないのか」
女性……シュタッドフェルドにクオンが鋭く叱責する。
その言葉にトライスが小さく頷く。
シュタッドフェルドは苦虫を噛み潰した様な表情で引き下がる。
「レイ=シュート。あなたは罪状に心当たりがあると言ったがそれは誠か?」
クオンが秩序の番人として問う。
「はい」
「その詳細を聞いても」
クオンの問いにレイは深呼吸を一つ。
「その前に自分の素性についてお話します。自分は周藤嶺元大尉。宇宙艦隊第二十三外宇宙探索部隊に属しておりました……」
レイはつらつらと正直に自分の素性と救星の旅について語る…………
…………
……………………
「そんなバカな事!」
「空の悪魔の襲来だと!馬鹿げている!」
「妄言だ!こんな狂人の言葉に耳を貸してはなりません!」
「…………」
騒然とする神殿。
まさに阿鼻叫喚。
ここに集まっているのは皆、徳の高い神官。
感情を律する事を得意としているはずなのに、まるで烏合の衆。
それだけレイからもたらされた情報が衝撃的だったという事だろう。
レイのため息は喧噪にかき消された。
「クオン神官長。どう見る?」
「少なくとも彼は嘘をついておりません。〈ライアーディテクト(嘘を見抜く魔法)〉には引っかかりませんでした」
「魔法抜きでどう思う?」
「判断しかねます。一般論で言えば、彼が狂人でそう信じ込んでいるだけだという意見もあるでしょう。ただ……」
クオンは金色の瞳でトライスを真っ直ぐ見据えて答えた。
「私は彼を信じたい」
クオンは柔らかな笑みでレイに視線を投げかけた。
レイは思った……クオンは信じるに値すると。
「気でも狂いましたか、『神の薬』!この者が狂人である事は明白!ましてや大量虐殺者です!情状酌量の余地など!」
「シュタッドフェルド司教の仰る通りです!大公閣下!混じり物の言う事など聞く耳を持ってはなりません!」
「だいたい大公閣下は下賤の者を重用し過ぎる。愚かな賎民の言をお入れになるか?国を思う正当な貴族の言葉にお耳を傾けられるか?ここではっきりとさせなくては」
最初に声を上げたのはシュタッドフェルド。
他の神官たちもそれに追随。
クオンに向けられる口汚い言葉の数々。
レイはそれを酷く不快に感じた。
(なるほど……この世界の神官とは聖職者を指す言葉ではなさそうだな。それに一部の特権階級がのさばる構図は何処の世界も変わらないという事か)
渦中のレイは蚊帳の外。
冷ややかな目で傍観者に徹する自分を心の中で嘲笑した。
それとは対照的に隣にはギリギリと歯ぎしりするブライの姿。
彼の様な部下がいるだけでもクオンの救いなのだろう。
レイも少しだけ救われた気持ちになる。
「鎮まれ!馬鹿者共!」
響き渡るトライスの怒号。
水を打った様に静まり返る神殿。
顔を青くする神官達。
その中で唯一涼しい顔のクオン。
それを眺めるレイの心は酷く冷めていた。
「レイ=シュート。そちの罪の如何については審議の必要を感じた。よってそちに時計台行きを命じる」
「時計台?」
淡々と語られる処遇にレイが首を捻る。
「重要参考人用の監獄です。重大犯罪に関わったモノはそこで数日から数週間拘束された後に処遇が決まります」
状況を掴めていないレイにブライが耳打ち。
当然レイの表情は曇る。
星の命運を賭けた重大な使命を帯びているのだから当然だろう。
「それは困ります。自分には救星の旅が……」
「仮にそちが言った事が事実として、それは一人で為し得ることではあるまい。我々も慎重に協議をする故、理解されよ」
レイは反論を口にするが、トライスはそれをバッサリ切り捨てた。
尤も一国を治める君主としては真摯な対応だし、真っ当な見解でもある。
正論をぶつけられればレイも黙るより他ない。
「それでは本日の裁判はここまでとする。重要参考人レイ=シュートを時計台まで護送せよ」
終了を告げるトライスの言葉。
この場にいる神官全員が拳を胸に当てるリシュタニア式の敬礼をする。
「護送の任ですがわたくしにお任せて頂いても宜しいでしょうか」
そう勢いよく口にしたのはシュタッドフェルドだった。
「……よかろう。くれぐれも大事ないようにな」
「はっ!」
ため息混じりに了承するトライス。
シュタッドフェルドは恭しく頭を下げる。
こうしてレイは、公国の罪人となった。




