第三十三話 身の上話
「これは……どういう状況ですか?クオンさん」
レイは困惑していた。
レイがヘッジホッグを破壊してから目覚めた直後。
目の前にはニコニコと柔和な笑みを浮かべるクオン。
ガタゴトと揺れる地面。
レイは馬車の中で転がされていた。
しかも……
「何故、自分は拘束されているのですか?」
レイは後ろ手を組まされ、ロープで手首を拘束されていた。
「あなたがうなされて暴れるモノですから……申し訳なくは思いつつこのような対処を……」
「では解いて下さい。もう目覚めたのですから」
「それはできません」
「何故です?」
「上からの命令です。ご理解下さい」
「……分かりました」
クオンは柔和な笑みを崩さない。
レイは心の中でため息を吐きながら渋々頷いた。
どうやらヘッジホッグを倒した事で自分は危険分子として認識されたようだ。
「ご理解感謝します。これであなたを擁護しやすくなりました」
「それは何よりで……」
クオンは笑みを深めた。
彼に敵対の意思は無い様だ。
レイは鉄面皮を崩さずに、横になったまま内心でホッとしていた。
「ところでトワはどこですか?」
「トワ様ならあちらです。ブライとミリアも一緒です」
クオンは右手の親指で自分の背後を示す。
音から察するに馬車は二台あるようだ。
「今のあなたの扱いをトワ様には見せられませんからね」
「……賢明な判断です」
レイはホッと息を吐く。
クオンはトワの事は丁重に扱っているようだ。
そんなレイの様子にクオンは弱々しい笑みを浮かべる。
「本当に申し訳ありません。こうでもしないと首都の頭の固い神官共に言い訳が立ちませんので……」
「ご心中察します」
眉をへの字に曲げるクオンにレイも疲れた表情を返す。
お互い宮仕えの辛さを重々承知しているから……
「あなたは本当に聡明な方だ。それに理不尽を飲み込むだけの理性も持ち合わせている。純粋なトワ様に気に入られるのも理解できます」
「…………」
「おや?ご自分を分析されるのはお嫌いですか?」
「誰でもそうだと思います」
「ははぁ……違いありませんね」
鉄面皮から一変。
レイはしかめ面を浮かべる。
そんな変化が面白かったのか、クオンは可笑しそうに笑う。
「すみません。どうも私はこういう物言いしかできないようで……素直にあなたに好感を持っていると言えない」
「そう……なんですか?」
「少し身の上話に付き合ってくれますか?」
「……構いませんよ。どうせ時間はたっぷりあるのでしょう」
「ありがとうございます」
緩み切った笑顔で語り出すクオン。
「私には腹違いの妹がいます。父は貴族で妹は正妻の娘……つまり私は妾の子というわけです」
笑みを崩さないクオン。
本当にどうでもいい世間話をするような口調だ。
「これは自慢話なのですが、私は神聖魔法にかなりの適性がありまして、子供の頃は神童などと呼ばれておりました」
軽い口調で語るクオン。
レイは首を傾げた。
彼が何を話したいのかが分からない。
「父の正妻にとって私は目の上のたんこぶでした。私が何かをするたびに妹にキツく当たりました。『お前は正当な血筋、穢れた血の妾の子供に負けるなんて許されない』……そんな呪詛を子守歌に妹は辛い幼少期を過ごしました」
レイは杏の事を思い出し胸が痛くなった。
レイと杏は普通の兄妹だった。
杏が元気な頃は一緒に遊び普通に喧嘩もする仲だった。
杏が病気なってからは毎日お見舞いに行き元気づけた。
軍人だった両親が軍務で他界してからは、治療費を稼ぐ為に軍に入隊した。
それからは時間が無くてトンと会えなくなってしまったが……
物思いに耽るレイの耳に再びクオンの声が届く。
「妹は私の事を憎んでいるでしょうね。妹の苦しみの元凶は私なのですから」
「なぜ、そんな話を?」
レイは問いかけた。
もう二度と会えない妹の事を思いながら……
クオンは自嘲気味な笑みを浮かべながら言葉を漏らした。
「羨ましかったのかもしれません。本物の兄妹の様に仲の良いあなた方の事が……」
「そう、ですか」
レイは言葉が見つからなかった。
遠くを見つめるクオンの瞳はとても寂しそうだった。
「話過ぎましたね……どうもあなたといると余計な事まで話してしまう。あなたが聞き上手だからでしょうか」
「そんな事は……」
レイは戸惑った。
いつもの優男の笑顔が少しぎこちなくて、まるで泣いているようだったから……
「さて、そろそろ首都セイレーンです。ロープを解きますね」
「良いのですか?」
「道中縛られていても従順だった。その事実があれば十分です。それにトワ様に縛られているあなたを見せるわけにはいきません」
「道理ですね」
おちゃらけながらロープを解く優男。
その手つきはとても繊細で優しい。
「レイ様、これからあなた方には大公閣下に謁見して頂きます。どうか私を信じて穏便にお願いしますね」
「……善処します」
「ありがとうございます」
馬車が止まる。
胡散臭い笑みを浮かべたクオンが馬車を降りる。
レイはその背中にため息を吐いた。
(マスター。神官クオンの発言に嘘の兆候は見られず)
レイはAS03にクオンの分析を命じていた。
彼に敵意や害意の兆候が見られたらすぐに対処できるように。
「一筋縄ではいかないようだな」
こちらの警戒心が筒抜けだった事にため息をもう一つ。
クオンという男が思った以上に食えない人物だという事だけは分かった。




