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第三十二話 観測者との再会

 暗い……何もない空間。

 レイは暗闇の中で身体が浮遊する感覚を覚えた。


『お久しぶりです。マスター』


 聴き慣れた少女の声。

 目の前には妹、杏を模した真っ黒な少女。


「観測者か?何の用だ」

『何の用とはご挨拶ですね。先ほどのヘッジホッグについて、有益な情報を持ってきたというのに』


 どうやらここは夢の世界の様だ。

 妹の顔でクスクスと笑う観測者は魔素そのもの。

 眠っているレイの夢に干渉する等造作も無いのだろう。

 レイはしかめ面で観測者の言葉を待つ。


『ヘッジホッグはマスターのご想像通り、暗黒の歴史(ブラックレコード)の時代からやって来た宇宙艦隊の戦闘機です』

「タイムスリップ……」

『ご明察』


 レイは驚愕で表情を固まらせた。

 観測者の言葉を信じるなら、一万年前のルミナスに二千年前の宇宙艦隊がタイムスリップしたことになる。

 タイムスリップは未だ人類が到達していない領域。

 理論上は可能とされているが実行できた者は一人もいない……と言うのがレイの認識だった。


『少し歴史のお勉強をしましょう。暗黒の歴史(ブラックレコード)を解決する為にナノマシン『アラヤシキ』を利用した事はご存じですよね?』

「あぁ」

『『アラヤシキ』投与の際、当時の銀河同盟政府は予防接種だと偽りましたが、一部の宇宙艦隊士官が自分達を洗脳するナノマシンの存在に気付きました』

「それは……初耳だな」


 レイは心底不思議な気持ちで首を傾げた。

 何故このファンタジー生命体はこれほど銀河同盟の歴史に詳しい?

 創造主のシュターデンが宇宙艦隊の士官だからか?


『そうでしょう。銀河同盟が隠したまさに暗黒の歴史(ブラックレコード)ですからね』


 宇宙艦隊の士官が外宇宙惑星のファンタジー生命体に歴史を語られる奇妙さ。

 クスクスと笑う観測者。

 レイの胸中に不安と僅かな好奇心が芽生えた。


『士官達は『アラヤシキ』から逃れる為に、宇宙戦艦を強奪した後に軍から脱走しました。当然、銀河同盟も彼らを抹殺するべく、洗脳した白痴兵を差し向けました』


 観測者は微笑から一転。

 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。


『結果だけ言いますと、逃げた士官達とそれを追った白痴兵はワームホールに落ち、そのままルミナスにタイムスリップしました』

「それが……空の悪魔と言うわけか」

『ご明察』


 観測者と同様、レイもまた苦いモノが込み上げてくる想いだった。

 ワームホールとは宇宙空間に出来た離れた場所をつなぐ穴の事。

 そこを通れば空間は勿論、時間跳躍もできるとされている。

 尤もワームホールはとても不安定なので、片道切符になってしまうのだが……


『後はマスターもご存じの通りです。空の悪魔は超越した科学技術を持ってルミナスで悪逆非道の限りを尽くしました』

「それを止めたのが、同じ宇宙艦隊士官シュターデンと言うわけだな」

『…………はい』


 観測者は目を伏せながら同意した。

 触れられたくない話題だったのか?

 はたまた何か隠し事があるのか?

 嘘は吐いていないが全てを語ってはいない。

 そんな印象をレイは持った。


『この世界に存在するドラゴン等の怪物は、先ほどの様に当時の兵器が誤作動を起こしたものがほとんどです』

「つまり、自分にそれを破壊しろと?」

『ご明察』

「…………」


 厄介事が増えたことに頭を抱えるレイ。

 ただでさえ、救星の旅でそれどころではないのに……


『何も悪い事ばかりではありません。当時の兵器も最新兵器も素材自体はほとんど変わりません。兵器にはギラニウムやレアメタルもふんだんに使用されておりますし、マスターの複製機(デュプリケーター)で素材を分解すれば、装備の強化に利用できます。積極的に狩る必要はありませんが、見掛けたら破壊して頂ければと』


 観測者はクスクスと面白そうに笑う。

 宇宙艦隊士官の責任感とメリットの提示を同時にされてはレイもノーとは言えない。


「分かった……旅の次いでという事で頭の片隅に置いておこう」

『ご理解感謝します』


 クスクスと笑みを浮かべたまま、真っ黒な少女は恭しく礼を執る。


『そろそろお目覚めの時間です。外は少し大変な事になっておりますが、どうかお気をつけ下さいね。親愛なるマスター』


 道化の様におどけながら、姿を消す真っ黒な少女。


「…………」


 今まではどこか嘘くさい表情だったが、最後の一言だけが妙に真に迫っていたような気がして……レイは目を丸くした。

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