第三十一話 クオン=アスター
トワ=グラーフは焦燥に苛まれていた。
それは女性を抱えながら慌てて戻って来たブライとミリアによってもたらされた情報によるモノ。
「見た事もない怪人が、ドラゴンと交戦している場に遭遇しました。その怪人はこの女性を連れて逃げろと……」
聞いた瞬間、トワはピンときた。
怪人とはレイの事。
レイが女性を助けるために単身ドラゴンに立ち向かったのだと……
「ねぇ!その人とドラゴンは何処にいるの!」
トワはブライの袖口を掴み、今にも噛み殺しそうな勢いで詰問した。
あまりの剣幕にブライとミリアは目を丸くする。
「トワ様、落ち着いて。ブライ、レイ様はどうした?」
唯一冷静なクオンがブライに問い質す。
ブライは即座にクオンが何を言おうとしているのかを察した。
「トワ様、その怪人というのは……」
「多分……お兄さんだよ」
クオンの問いかけに、トワは俯いたまま答える。
「ミリア、その女性の介抱を。私達は現場に戻るぞ!」
「御意!」「御意!」
クオンの命令に、ブライとミリアが胸に拳を当てる公国式の敬礼で応える。
ブライは子供のトワを小脇に抱え、クオンはそれに追随する。
三人はドラゴンの出現場所へと急ぎ駆けた……
……移動する事しばし。
「お兄さん!」
そこにはパイロットスーツ姿のまま、ぐったりと地に臥すレイの姿。
トワは血相を変え彼に駆け寄る。
「お兄さん!お兄さん!」
トワは取り乱していた。
泣きながらレイの身体を揺さぶった。
ピクリとも動かないレイがまるで……
「持ちなさい!」
冷静さを失うトワの後ろから鋭い声。
そこには渋面を浮かべたクオン。
「おそらく頭を打ち付けています。むやみに身体を動かしては危険だ」
その声は普段の優男のモノでも、先ほどトワを詰問した神官のモノでもなかった。
「今、容態を確認します。少し離れていて下さい」
それは一人の患者を救わんと真剣に向き合う医者の様だった。
神官の別名は魔法医師。
神聖魔法は全魔法中最も癒しに長けている。
「〈アナライズ〉」
アナライズ……生物の健康状態を診察する魔法。
クオンの手のひらが淡く透明な光を放つ。
光の粒子はレイの身体を駆け巡った後、数秒でクオンの手のひらに収束する。
「軽い脳震盪ですね。大事はなさそうです」
クオンがホッと息を吐く。
神官であるクオンが下した診断にトワもホッと胸を撫で下ろす。
「さて、大事は無いですが一応治療はしておきましょう。大きな怪我は無いが傷はあちこちにあるようだし、体力の方はかなり消費しているようだ」
クオンは目を瞑り、意識を魔法に集中する。
「汝に活力を〈チャージ〉、癒し給え〈ヒール〉」
まず、薄赤色の温かな光がレイを包み込む。
疲労で青白かった顔色が赤みを帯びる。
次に柔らかい白色の光が包み込み、体中の傷を癒す。
チャージ……体力回復魔法。疲労、体力低下、免疫力低下を回復させる。
ヒール……初級治癒魔法。主に小さな傷を治す時に使われる。
「す……凄い」
トワは感嘆の声を漏らした。
クオンの手並みは見事だった。
それこそ魔法学校に在籍し、それなりに魔法を見慣れているトワから見ても一級品だと分かるほどに。
「さて、治療は終わりましたし、レイ様も程なく目を覚ますでしょう。ですがその前に……」
クオンの視線がレイから街道の方へと向く。
「この状況を整理するところからですね」
クオンの言葉に釣られて、トワとブライの視線も街道の方へと向く。
そこにあるのは黒煙を上げる巨大な鉄の塊。
「ブライ。これはあなたが見たドラゴンで間違いありませんか?」
「間違い……ありません」
ブライが額に汗を垂らし、言葉を詰まらせながら答える。
その様子にクオンは頭痛を堪える様に額に手を当てた。
「どうやら、ドラゴンとは想像を絶するバケモノだったようですね。そしてそれを単騎で撃破するレイ様もまた……」
クオンの張り詰めた声色にトワが息を呑む。
これは世界の秩序を護る神官としてのクオンの声だ。
「トワ様。申し訳ありませんが、お二人には我々と行動を共にして頂きます」
クオンが首元からペンダントを取り出す。
ペンダントヘッドには金色の五芒星に翼の意匠。
「リシュタニア大公直属……翼星の神官」
トワは目を見開き驚愕した。
教科書でしか見た事が無い雲の上の紋章。
「私はリシュタニア教会神官長。『神の薬』クオン=アスター。あなた達に拒否権はありません。決して悪いようには致しませんので、どうか大人しく私と共に来て下さい」
トワは頷くより他なかった。
彼に逆らうという事は、神聖リシュタニア公国全てに逆らう事と同義なのだから。




