第二十八話 ドラゴンスレイヤーレイその三
アサルトホークの襲撃を退けたレイ達。
今まで険悪だった空気から一変。
神官達はレイへの態度を改めた。
だがレイにとって、それは少しばかり困った事態を招いた。
「ねぇ、レイ様。先ほどの魔法、とても凄かったですわ」
猫撫で声でレイに媚びを売るミリア。
レイの腕に縋りつく彼女のせいで周囲の警戒もままならない。
隣で歩くトワもどこか不機嫌な様子で、それがレイの胃にますますダメージを与える。
「ミリアさん。あまりくっつくと歩きにくいのですが……」
「あら、ごめんなさい。でもさっきみたいな事があると思うと怖くて」
「…………」
民間人が不安がっていると言われれば、元軍人のレイは強く出られない。
聖職者とは本来もっと清楚なモノだと思っていたのだが……
「ちょっと!離れなさいよ!お兄さんが邪魔だって言っているでしょう!」
明らかにイメージとはかけ離れた彼女の態度にトワもイライラしているようだ。
「あら、トワ様。邪魔なんて言われていませんわよ。ねぇ、レイ様」
「その……言い辛いですが、足場が悪い森の中であまり引っ付かれると……」
「あら、ごめんなさい。足元が良くなったらエスコートして下さいますか?」
「…………」
クスクスと笑う面の皮が厚いミリア。
一応注意はしたが分かっているのか……ますますレイの胃が痛くなる。
遠巻きにこちらを眺める男神官二人が恨めしい。
「ちょっと!クオンさん!あんたの所の教育どうなってんのよ!」
トワの怒りの矛先も自然と上司のクオンに向く。
レイはトワを心の中で応援しながらその様子を静観。
青筋を立てるトワにクオンも思わず苦笑い。
「申し訳ありません。どうやらミリアはレイ様にぞっこんな模様で。まぁ恋愛は自由という言葉もございますし、私も馬に蹴られて死にたくはありませんので」
「そういう問題じゃな~~~~い!」
止める気ゼロのクオンにトワが怒りをぶちまける。
レイの耳に恋愛という単語が入ったが幻聴であると信じたい。
彼は青春の全てを軍務に捧げた朴念仁。
そういった話題はトコトン苦手なのだ。
「…………」
そして我関せずと無言を貫くブライ。
おそらく彼がこの中で一番の賢者なのだろう。
レイの恨めし気な視線にも動じる事は無かった。
その後順調に歩を進める一同。
途中で何回かモンスターの襲撃があったが、レイのフォトンガンとトワの炎魔法で難なく撃破。
昼も近づいてきたし、いったん休憩しようという事になった。
「トワ様、先ほどは申し訳ありませんでした」
女好きのする笑顔のクオンがトワに頭を下げる。
レイとミリアとブライの三人が食料調達に行っている為、火の番をしているトワとクオンはお留守番。
「まぁ、あなたのせいじゃないし、アタシが怒るのも筋違いなんでしょうけど……」
「トワ様はレイ様の事を好いていらっしゃるのですか?」
「へっ⁉」
あくまでも柔和な笑みを浮かべるクオンに、トワが素っ頓狂な声を上げる。
「まぁ!好きって言えば好きなんだけど、あくまでも優しいお兄さんっていうか!」
「あぁ、近所のお兄さんみたいな方なのですね」
「そう!それ!」
年相応の女の子らしく慌てふためくトワに、クオンは微笑ましいモノを見るような目を向ける。
「彼の魔法ですが……全く魔力を感じませんでした。あれはいったい何なのでしょうか?」
笑顔のクオンが問いかける。
その強固な鎧の様な仮初の表情にトワは警戒心を強めた。
「彼が使ったあの光は紛れもなく創造主の大魔法。本来なら強大な魔力が感知できるはず……」
魔力とは魔素を操って魔法を発動させる為の脳波の強さの事。
クオンは何らかの方法で魔力の動きを感知できるのだろう。
おそらくは神聖魔法。
「それに〈スキャン〉も使っていたようですね……いつもモンスターを最初に発見するのは彼でしたし、モンスターの状況把握も完璧でした」
トワの脳内に警鐘が鳴り響く。
クオンはレイに興味を示している。
それもただの好奇心だけではない。
秩序を守る神官として……
神官は優れた魔法使いであり、秩序の番人という側面も持つ社会的に地位の高い職業。
見習いのミリアはどうか知らないが、少なくともクオンは相当の使い手だろうとトワは想像していた。
「それにあなたもそうです。あの炎の威力と精度。いくらグラーフ族の祈祷師といっても規格外に過ぎます。少なくとも上級精霊以上の契約が必要不可欠」
トワの背中から冷や汗が流れた。
神官に目を付けられるなんて厄介事以外の何物でもない。
「端的に伺います。あなた達は一体何者ですか?」
「聞いて……どうするの?」
険しい表情でクオンを見据えるトワ。
対するクオンは…………
「……ふぅ、何もしませんし、何もできませんよ」
ため息を一つ。
社会秩序の守護者は先ほどまでの優男に戻った。
「私は一介の神官です。涼しい顔で大魔法を連発するような方々に太刀打ちできると思うほど自惚れてはいませんよ」
クオンの柔和な笑みに、トワの肩の力がホッと抜ける。
「おっと!薪が切れかけていますね。少し小枝を集めて来ましょう」
「薪無しでも火ならつけられるよ」
「いえ、ちゃんと薪を探しましょう。あなたには無尽蔵の魔力があるかもしれませんが、他の人はそういう訳にもいかないのですから」
柔和な笑みをそのままに席を立つクオン。
これは彼なりの忠告なのだろう。
レイだけではなくトワもまた力を隠す必要があると……
「もしかして……いい人なのかな?」
一人になったトワはポツリと呟きながら、燃え尽きた薪に炎を送るのを止めた。




