第二十六話 ドラゴンスレイヤーレイその一
救星の旅七日目。
首都セイレーンまであともう少しという所。
レイ達はウッズという長閑な町で立ち往生をくらっていた。
「旅の人、ここから首都に続く道は通行止めだ。なんでもドラゴンが出たんだってよ」
街道を封鎖する皮鎧を纏った兵士も困り顔。
彼らも詳しい事情は聞かされていないようだ。
「ねぇ、おじさん?どうすればここ通してもらえるの?」
警戒心を解く子供の笑顔でトワが問いかける。
「そうさね……俺らじゃよく分かんねぇ。多分町長かハンターギルドに聞けば分かると思うが……」
「うん、分かった。ありがとう」
トワは人懐っこい笑顔で兵士に礼を言い、町の方へと向かう。
レイは黙々とその背中を追う。
「随分、やる気だな?」
「うん。お兄さん口下手だしあんまり目立てないから」
「……そうか、助かる」
「どう致しまして」
レイは子供らしからぬ気遣いに感嘆しながら微笑んだ。
それにトワは満面の笑みで答える。
この澄み渡った空の様に温かな気持ちで歩く二人。
トワの手がレイの手に触れる。
「じゃあ、行こうか」
「そうだな」
トワの手を握り返すレイ。
まるで仲の良い兄妹の様な二人。
彼の脳裏に妹との記憶が蘇る。
(杏……もう会えないかもしれないんだな)
右手にはトワの柔らかい手のひら、左手には固いロケットペンダント。
ささやかな幸せと哀愁を胸の奥に押し込めながら、レイは無表情で歩いた。
「ハンターのトワ様とレイ様ですね。今、町長に取り次ぎますので少々お待ちください」
長閑な町の中ではそれなりに大きく年季が入った二階建ての建物。
このウッズの町役場。
レイ達をビジネススマイルで対応する年配の女性職員。
ウッズは小さな町な上にグランツで貰った首都ギルドへの紹介状を見せたので、手続きは比較的スムーズに済んだ。
二人が待合室で待つことしばし……
「トワ様、レイ様。町長の準備が整いました。どうぞこちらへ」
先ほどの女性職員が呼ぶ声。
二人は彼女の後に続き、キィキィと軋む床を進む。
「どうぞ、お入りください」
女性職員が建付けの悪い扉をキィっと開くと、そこには少しお腹が出た白髪混じりの紳士。
「こんにちは、ハンターのトワさんにレイさんですね。私がウッズの町長です」
「初めまして、トワです」
「レイです。この度はお時間を頂き、ありがとうございます」
人が良さそうな笑顔を浮かべる町長。
人懐っこい笑みで応じるトワと礼儀正しいが堅苦しい声で応じるレイがなんとも対照的だ。
「お二人は首都に向かっておいでだそうですが、現在ドラゴンのせいで通行止めになっておりまして……お二人はドラゴンの事はご存じでしょうか?」
困り果てた顔で問う町長に二人は首を横に振る。
「ドラゴンとは強大な力と翼を持った大型モンスターの総称。その皮膚は鋼鉄の様に硬く、口や翼から鋼鉄のつぶてを吐き出し、近づく者を蹂躙する危険極まりない存在でございます」
恐々と語る町長の言葉にトワは息を呑む。
レイは興味深そうに彼の言葉に耳を傾けた。
「幸い、今回のドラゴンは積極的に人を襲ったりはしませんが、第一発見者の商人は鉄のつぶてで威嚇されたとの事で用心の為に街道を封鎖しております」
「ドラゴンだけを迂回する事はできませんか?」
「ドラゴンは常に動き回っております。それに迂回をするにしても凶暴なモンスターが跋扈する森の中を突っ切らなくてはなりません。どこで遭遇するかも分からないドラゴンとモンスター。町と致しましては、そんな危険な状況に通行人を追いやる事はできません」
困り顔で主張する町長。
レイは首を縦に振り同意した。
「幸い、ドラゴンは放っておけば数日から数週間のうちに飛び去るのが常です。お急ぎの中大変恐縮ですが、しばらくはこの町にご滞在する事をおススメ致します」
申し訳なさそうにそう結ぶ町長。
その言葉に二人は大人しく引き下がるより他なかった。
その後町役場を出て、二人はハンターギルドにも向かったのだが、得られた情報は町長の話と同じもの。
行く宛てが無くなってしまった。
「数日から数週間って、一体いつになるのよ!」
「そうは言っても勝手な事はできない。もし自分達が勝手に街道を通過して、それが一般人に知れれば、真似して街道を進もうとする者も現れるかもしれない。それで被害が出た時、自分達に責任が取れるか?」
「……」
淡々と正論で殴るレイ。
トワはぐうの音も出ず不貞腐れる。
あてどなく街道入口へ向かっていると……
「困りましたね……首都での祭儀まであと一週間に迫っているというのに……」
街道の方から言い争うような声。
先ほどの兵士と三人の白い服の一団が口論をしていた。
「神官様。ご事情は察しますが、こちらも仕事でして」
「そこをなんとか……首都での祭儀には大公閣下もご参列されるのです」
「そうは言ってもですねぇ……」
お互いに困り果てているという様子。
「どうしましたか?」
そこにレイが割って入る。
宇宙艦隊でクレーム対応をしていた頃の癖が抜けない自分に嫌気が差す。
こういう時無視すると、後々より酷いクレームが来るのが宇宙艦隊士官の辛い所。
「あぁ、さっきのハンターさん。実はここにいる神官さんが街道を通るって聞かなくて」
「それは……困りましたね」
レイは神官と呼ばれた男達の方へ眼を向ける。
「我々は首都の教会に属する神官。私はクオンと申します。我々は一週間後に行われるシュターデン生誕の祭儀を執り行う予定で……」
兵士と同じく困り顔の神官クオン。
年の頃はレイより少し上くらいだろうか。
身の丈はレイと同じくらいだがやや瘦せ型。
亜麻色のサラサラした長髪と金色の瞳が特徴的な甘いマスクの優男。
袖口に金糸で飾り刺繍が施された上品な純白の法衣。
徳の高い神官だという事が一目で分かるカリスマ性。
この場に大人の女性がいたなら黄色い声の一つも上がっていた事だろう。
「そっか……もうすぐ生誕祭だったね」
尤も大人の女性ではないトワはクオンには興味を示さず、生誕祭の方に食いついていた。
「トワ……生誕祭とは?」
レイは知的好奇心に任せてトワに問いかける。
「生誕祭っていうのは、勝利の日と並ぶ、全ルミナス共通の祝日の事。元々誕生日を祝う習慣っていうのはシュターデンが始めたモノで、その風習を作った大魔法使いの誕生日をみんなで祝おうっていうのがこの祝日の趣旨。
大きな都市では盛大にお祭りが開かれて、沢山の人が集まるんだ。ウチの里でもその日は一日休みにして、食べきれないくらいのご馳走が振る舞われるの」
トワはお祭りの様子を思い出しながら、涎を垂らす。
花より団子の無邪気な少女にレイの口元が僅かに緩む。
「因みに勝利の日というのは、シュターデンが空の悪魔を追い払った日か?」
「正解!」
涎を拭きながらトワが楽しそうに答える。
そんな彼らを余所にクオンは何か閃いた様にポンと手を打つ。
「そうだ!門番さん。彼らの護衛で森を抜けるというのはどうでしょうか?見た所そちらのグラーフ族のお嬢さんは祈祷師の様ですし、かなりの魔力をお持ちの様だ。ドラゴンには勝てなくても、森を抜ける事くらいはできるでしょう」
クオンの言葉にトワは目を見開いた。
「えっと……分かるんですか?」
「えぇ、私も神官の端くれ。神聖魔法の嗜みくらいありますし」
女好きする笑顔で答えるクオン。
この世界において神官とはただ祭事を取り仕切るだけの職業ではない。
神と呼ばれる超大型の魔素の集合体から力を借り、強力な魔法を行使する優秀な魔法使いだ。
「どうでしょう?門番さん」
「う~ん、俺の一存では決められねぇな。ちょっとひとっ走りして町長に聞いてくる」
言葉を残して兵士は足早にその場を離れた。
それから待つことしばし……
「許可が下りたぜ。明日の早朝、誰にも見つからない様に森に入るって条件でな」
息を切らして戻って来た兵士がもたらした朗報。
ホッと胸を撫で下ろす一同。
成り行きとはいえ、これから道中を共にすることになったレイ達と神官達。
最初に口を開いたのはクオンだった。
「どうぞ、短い間ですが宜しくお願いします。私はクオン。後ろの二人は僧兵のブライと神官見習いのミリアです」
クオンの紹介と共に後ろに控えていた二人がフードを取り、静かに頭を下げた。
僧兵のブライはレイよりガタイの良い狼頭の獣人。
ミリアはクオンより少し小柄な十代後半くらいの女性。
「アタシはトワ=グラーフ。偉大なるグラーフ族の族長カリンと勇敢なグラーフの戦士セツナの娘」
「……ハンターのレイ=シュートです」
トワは無い胸を張り、高らかと名乗りを上げる。
それとは対照的にレイは静かに頭を下げる。
「なるほど……族長の娘とその従者といったところね」
レイの耳にミリアの小さなつぶやきが届いた。
トワは気付いていない様だが、その表情にはレイへの侮りが見られる。
クオンは笑顔でトワに右手を差し出す。
トワはそれに応じる様に差し出された右手を握り返す。
「これからどうぞ宜しくお願いします。トワ=グラーフ様」
柔らかな笑みを湛えたクオンの視線はトワだけを見ていた。




