プロローグその三 公国の青年神官
「流れ星……でしょうか?」
青年は空を見上げた。
「クオン様?どうかなさいましたか?」
青年……クオンは亜麻色の長髪をなびかせながら振り返る。
「ミリア、今流れ星が……」
「クオン様。こんな朝っぱらから流れ星なんて……きっとお疲れなのでしょうね」
部下の見習い神官……ミリアが言うようにクオンは少し疲れていた。
若い彼女に心配をかけるなんて自分もまだまだだな……と心の中で苦笑した。
クオンは神官だ。
彼の務めは病気の民を魔法で癒す事。
今も早馬で辺境の村まで駆けつけ、一晩中流行り病で苦しむ村人に治療を施したところだ。
その金色の瞳の下には薄っすらとクマ。
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」
それでも彼が生まれ持った甘いマスクは曇らない。
部下に向けた柔和な笑みは、ミリアのみならず、周囲の村娘をも魅了した。
女性達の黄色い声が湧き起こる中、クオンに一人の老紳士が歩み寄る。
「神官様、この度はこんな辺鄙な村までご足労頂き……また、偉大な神の御業で村をお救い頂き、感謝の言葉もございません」
「いえいえ、村長殿。どうぞ頭をお上げ下さい。私共はただ大公閣下の命に従ったまでの事です」
「なにかお礼を差し上げたいのですが……」
「いえいえ、我々は公務員です。税金を納めて頂いた分のサービスをしているだけですので、どうかお気遣いなく」
瞳に涙を溜めながら頭を下げる村長。
その申し出をクオンはやんわりと断る。
彼にとっては義務を果たしただけの事。
まぁ、感謝されて悪い気はしないが……
「クオン様、治療の完了を確認しました」
「うむ。ブライ、ご苦労」
固い口調でクオンに耳打ちしたのは、もう一人の部下であり狼獣人の僧兵ブライ。
屈強で堅物な彼は優秀なボディガード兼治療のサポート役。
クオンとの付き合いも長く信頼も厚い。
「では、村長殿。我々はこの辺で」
「もうでございますか!まだ何のお礼もしておりませんのに!」
「お気持ちはありがたいのですが、急がなくてはシュターデンの生誕祭に間に合わなくなります故」
「そうで……ございますか」
申し訳なさそうに頭を下げる村長。
実直な彼に対してクオンは柔らかな笑みで応じる。
「今まで通り公国民としての義務を果たしてください。そして何より健やかにお過ごし下さい。それが何よりの礼になります」
「ありがとうございます……『神の薬』クオン=アスター様」
村長は感涙して崩れ落ちた。
その嗚咽を背にクオン達は馬を走らせた。
白の法衣をたなびかせながら、馬で駆ける事しばし……
「ブライ。首都セイレーンまでは間に合いそうですか?」
「最短の道を通れば問題なく」
「生誕祭は大切な行事。それに遅れたとなればシュタッドフェルド派が何を言うか……」
「ミリア。滅多な事を口にするものではない」
ミリアの愚痴にブライが叱責。
クオンの表情が僅かに曇る。
「アッ!申し訳ありません、クオン様」
「いえ、分かって頂ければ結構です」
口を押えながら申し訳なさそうにミリアが頭を下げる。
クオンも柔和な笑みを作って彼女の謝罪を受け入れる。
「流れ星……何か悪い前兆でなければよいのですが……」
クオンは憂いを帯びた瞳で、早朝に見た流れ星を思い浮かべていた。