第二十五話 遺跡探索その三
救星の旅五日目。
薄暗くじめじめした石造りの遺跡。
ひんやりとした空気。
コツコツと鳴り響く足音が二つ。
レイ達はパイロットスーツのライトを頼りに探索を進めた。
時々襲ってくるモンスターを返り討ちにしながら、遺跡の最奥部までやって来ると、そこは六畳程度の小部屋。
中にはマスターの情報通り、黒い長方形の箱が壁に埋め込まれていた。
「これは……映像ディスプレイか?」
訝し気な表情のレイがディスプレイと思しき黒い箱を覗き込む。
なんで未開惑星にこんなものが……オーパーツの存在に首を傾げる。
そんな彼の耳元に呑気な少女の声。
「ここまでボアが八匹、ケイブウルフが十五匹。500ユルグぐらいにはなるかな?」
魔石を革袋に詰めながらほくほく顔のトワ。
レイは緊張感の無い声に頭を振る。
「言っておくが買い食いは禁止だぞ」
「うわぁ!ヒドイ!アタシそんなに食いしん坊じゃないよ」
「……よく言う」
トワは頬を膨らませた。
無自覚の成長期少女にため息を禁じ得ない。
無邪気な彼女に毒気を抜かれたレイは、動かないディスプレイの存在を頭の隅に追いやり、周囲の探索を再開した。
「さて、確かこの辺に隠し扉が……」
「ちょっとお兄さん!まだ話は終わってないよ!」
抗議の声を上げるトワを無視し、レイは周囲の石壁をペタペタと調べる。
ざらざらとした質感を一つ一つ確認していくと、他の部分より僅かに滑らかな手触りを発見。
「AS03」
『解析開始……巧妙に偽装しているがここから先の構造物はギラニウムであると判明』
「なっ!」
「ぎら……にうむ?」
淡々とした機械音声にレイは驚愕の表情を浮かべる。
ギラニウムとは銀河同盟が宇宙船の船体に使用する金属の一つ。
非常に硬く強靭で熱耐性に優れているのが特徴。
反面、加工が非常に難しく、一定以上の科学技術が無ければ加工はおろか傷をつける事も不可能。
目の前の平らに加工されたギラニウムは明らかにオーバーテクノロジー。
それこそ隣の壁に埋まっているディスプレイなど比にならないレベルだ。
目を白黒させるトワを余所に、レイは内心の動揺を押し込めながら探索を続ける。
「AS03、付近に扉を操作するスイッチなどはないか?」
『解析中……扉の右側二メートル付近に壁に偽装された操作パネルあり』
レイはAS03の指示に従い石壁を調べる。
すると石壁だと思われていた部分がパカリと開き、中には緑色と赤色のスイッチと……
「馬鹿な!」
レイは驚愕の声を上げた。
「えっ?なにがあったの?」
レイの声に驚きながら、今までフリーズしていたトワが問いかける。
「あり得ない……これは……日本語」
緑と赤のスイッチの下に『開』と『閉』の文字。
こんな物が外宇宙の未開惑星に絶対にあってはいけない。
偶然の一致と淡い願いを抱きながら、レイは『開』のボタンを押し込む。
『動力系の回復を確認』
AS03の声と共にスーッと上にスライドする扉。
そして……
『あれから一万年……ようやくここに辿り着いたようだね。レイ=シュート』
淡い光を放つディスプレイ。
ザーザーとノイズ混じりに聞こえてくる音声は初老の男性のモノ。
そして映し出された人物の姿は……
「ねぇ……お兄さん。これって……」
「馬鹿な……あり得ない」
口をポカンと開けたまま凍り付くトワ。
現実を受け入れられず困惑するレイ。
ディスプレイの男の衣服はレイが着ている宇宙艦隊のパイロットスーツによく似ていた。
違いを上げるとするのなら、レイが着ているモノより経年劣化している事だろうか。
ヘルメットを被っている為、人相は判然としない。
『始めに断っておくがこれは記録映像だ。ゆえに一方通行の会話となるがあらかじめご了承願いたい。まずは自己紹介をしよう。私の名は…………シュターデン。この星の住人が大魔法使いと呼ぶ者だ』
驚愕するレイ達を置き去りに、ディスプレイの男……シュターデンは堅苦しい口調で語り出した。
『レイ、そしてトワ。さぞや驚いている事だろう。だからあらかじめ君達の疑問に答えておこう』
シュターデンはどこか自嘲めいた声色で言葉を紡いだ。
『お察しの通り、私は宇宙艦隊の元士官。銀河同盟の科学技術を魔法と騙るどうしようもない詐欺師だ』
シュターデンから明かされた事実にレイとトワは言葉を失う。
『今は君達に多くを語る事はできない。その事をとてももどかしく思うし、申し訳なくも思う。だがこれだけは信じて欲しい。私はルミナスを愛し、ルミナスを護る為に戦ってきた。そして君達もそうであると確信している』
シュターデンの声色から堅苦しさが消え、代わりに慈しみと自責の念が入り混じった複雑な色を帯びた。
『トワ……私は幼い君に過酷な運命を背負わせてしまった事を本当に申し訳なく思っている。だが同時に君がそれらを乗り越えられるという確信も持っている。君はこれから大変な目に合うだろう。だが、どうか自分を信じて、そのままの明るく優しい君でいて欲しい。それが君にろくでもない運命を強いた愚かなご先祖様のせめてもの願いだ』
シュターデンの声は僅かに震えていた。
トワは涙を零していた。
エメラルドの瞳から止めどなく涙が溢れた。
レイには想像する事しかできない。
トワは大魔法使いシュターデンに憧れていた。
きっとシュターデンが自分のご先祖様だという事も知っていたのだろう。
そんな彼から告げられた慈しみと悲しみに満ちた言葉。
期待と後悔が入り混じった声。
トワが心を動かされないはずもなかった。
『レイ……君の望む物はこの奥の部屋にある。それさえあれば君は装備を十全に運用できるようになるだろう。どうかその力でルミナスを護ってくれ。君にとってルミナスはもう掛け替えのない場所になっているはずだ……かつての私がそうだったように』
レイはシュターデンを真っ直ぐ見つめ、右腕を水平に伸ばした後に肘を曲げ、ピンと伸ばした右手の指を眉毛に当てた……宇宙艦隊の最敬礼だ。
レイは感極まっていた。
何故かは分からない。
彼の言葉にはあまりに不審な点が多い。
どうして未来の世界にいるはずの自分やトワの事を知っているのか。
まるでこの先何が起きるのかが分かっているような思わせぶりな言葉。
そして何より彼が宇宙艦隊士官である事。
本来ならこんな怪しげな男の言葉など聞く価値も無い。
……なのに何故だろう。
ただ、彼の言葉に確かな誠実さと切実な願いを感じた。
何も明かしていない彼の言葉には、それが全て真実だと確信させる何かがあった。
『どうやらもう時間の様だ。それでは君達の無事と幸運を願って』
シュターデンはレイと同じ格好……宇宙艦隊の最敬礼を二人に送った。
レイにはヘルメット越しに見えるその口元が笑っているように思えた。
「確かに……承った」
レイは小さく呟いた。
伝説の大魔法使いはレイに希望とルミナスを託した。
それはあまりにも重く……そして誇らしかった。




